皆さま、おばんです!
その昔…と言っても、
奈良時代から平安時代にかけてですから、かなり昔のこと。
長野県上田市東部には、信濃の国を統制する国府があったそうな。
今回は、こちらの国府の最寄り駅のことを書かせていただきますよ。
しなの鉄道・信濃国分寺(しなのこくぶんじ)駅です!
聖武天皇の令によって全国に建立された国分寺。
そのひとつである信濃国分寺がこの国府内にあるそうです。
地元では八日堂(ようかどう)と呼ばれている信濃国分寺、
毎年1月7・8日に催される八日堂縁日には、
全国から多くの参拝客が訪れるようですよ。
ちなみにこの2日間だけは、
信濃国分寺駅に普段は通過する快速列車が停車するらしい。
…って八日堂縁日、今日じゃないっすか!
さぞ信濃国分寺駅、混雑しているんでしょうね。
信濃国分寺から徒歩5分の位置にある信濃国分寺駅ですが、
駅名の由来はもちろん信濃国分寺からですけど、
人口増加したベッドタウン・上田市国分地区へのアクセスが
この駅の設置理由のようです。
駅の周辺はお店がいっぱい建ち並んで本当に賑やかなんですから。
信濃国分寺駅と同系色すぎで、思わず入っちゃいそうになるし。
しかもホームに立っていると、
店舗から流れてくる美味しそうな香りが漂ってきて…商売上手すぎです。
美味しい香りの元は、ホームから見えるこのダクトにあるらしい。
信濃国分寺駅は相対式ホーム2面2線構造で、
駅舎は、第3セクター発足後に開業した
ここから先は、信濃国分寺と鉄道の関わりの話を少々。
そもそもこの地に
しなの鉄道の前身である信越本線が開通したのは明治21年のことです。
当時はまだ信濃国分寺の発掘前のことで、
信越本線は大胆にも信濃国分寺を分断するかのように、
こちら、現在の信濃国分寺駅周辺の航空写真です。
信濃国分寺のど真ん中をしなの鉄道が延びてる様子がわかりますよね。
大正14年には上田丸子電鉄丸子線の大屋駅‐上田東駅間が開業。
大屋駅‐八日堂駅間は信越本線に併走するカタチで
線路が敷設されたのでした。
時を経て昭和38年に信越本線が電化、
昭和44年に上田丸子電鉄丸子線が廃止になります。
昭和47年、この地区の信越本線もついに複線化されるのですが、
ここで問題が勃発するのですよ。
昭和38年から始まった信濃国分寺の発掘調査の影響で、
複線化するための用地が確保出来なくなっちゃったんですね。
そこで着目されたのが、3年前に廃線になった丸子線の廃線跡でした。
もともと信越本線と併走していた区間でしたから
比較的安易に複線化のための用地として転換できるし、
なによりも信濃国分寺の敷地をいじらずに済みますから。
…ということで、信濃国分寺駅があるこの区間も、
故にこの区間は複線区間でありながら単線架線柱が用いられていたり、
用地転換した際に線路の位置が本線側にずらされていたりと、
そうそう、丸子線が現役の頃の話ですが、
信濃国分寺駅からわずか300メートル西側には、
丸子線の八日堂駅があったようですよ。
こちらは昭和21年に撮影された航空写真で、緑〇で記した場所が八日堂駅です。
八日堂駅の島式ホームがバッチリ見えるこの写真、
丸子線はやがて大きく南側に逸れて弧を描き、
信越本線を越える様子もしっかりと見ることが出来ます。
信濃国分寺駅のすぐ西側にあるこちらの踏切みたい。
だとすると、上画像の左に写る茶色の2階戸建ての住宅の後ろ辺りに
八日堂駅があったはずなのですが…
とにかく、しなの鉄道沿線は奥が深すぎです。
2日ですべてを周ろうと思っていた自分が甘かったのか。
ちなみに八日堂は、
イトーヨーカ堂とは一切関係がありませんので、念のため。
訪問駅リスト(JR線)
しなの鉄道
軽井沢駅(平成25年12月29日)
中軽井沢駅(平成25年12月29日)
信濃追分駅(平成25年12月29日)
御代田駅(平成25年12月29日) 前編・後編
平原駅(平成25年12月29日)
小諸駅(平成25年12月29日)
滋野駅(平成25年12月29日)
田中駅(平成25年12月29日)
大屋駅(平成25年12月29日)
信濃国分寺駅(平成25年12月29日)
上田駅(平成25年12月29日)
西上田駅(平成25年12月29日)
テクノさかき駅(平成25年12月29日)
坂城駅(平成25年12月29日)
戸倉駅(平成25年12月29日)
千曲駅(平成25年12月30日)
屋代駅(平成24年3月6日)
屋代高校前駅(平成25年12月30日)
↓(JR篠ノ井線・篠ノ井駅)








