皆さま、おばんです!
昨晩書きました、
震災による津波被害で分断が続く仙石線の復旧の様子、
続きを書きたいと思います。
(昨晩のブログ記事)
走れ!仙石線 平成27年の全線復旧に向けて 現在の様子いろいろ(その1)
陸前大塚駅からいよいよ新線区間に入ります。
…本当は新線区間の工事状況も見たかったのですが、
工事車両が頻繁に出入りするのと、
自動車の駐車場所が見つからなかったために、
じっくりと眺めることは出来なかったんですよ。
取りあえず、
新・野蒜駅が出来るであろう場所を確認したんですけど、
ご覧の通り、近づくことはできない状況でしたの。
いずれは造成されたニュータウンのど真ん中に
新・野蒜駅が誕生するはず。
どんな街が出来上がるのか、いまからとても楽しみですね。
ということで、再び従来線区間に戻ってきました。
まずは新線の付け替えで姿を消す現在の東名駅です。
辺りに散らばっていた瓦礫の撤去も完了したようです。
もともと小さな待合室がポツリとあるだけの東名駅でしたので、
現役時代と大きく姿は変えていないようでした。
ひとつ、気になったものといえば…
なぜか震災後に建てられた架線柱。
しかも1組だけ。
この架線柱の存在理由、
ご存知な方がいましたら、ぜひ教えてください!
こういうの、ものすごく気にしちゃう性質(たち)なんだから、自分。
レールはすべて撤去されているものの、
東名駅周辺からは北側は架線柱がしっかり残っておりました。
こんな感じで、次の野蒜駅まで続きます。
続いては、一番被害の大きかった野蒜駅です。
仙石線の内陸移転によって
2年後の廃止が決まった現在の野蒜駅ですが、
代行バスの停留所があったり、
復旧作業のための資材置き場が構内にあるために、
そこそこに人の出入りがあるんですよ。
目の前の川で釣りを楽しんでおられる方もいますしね。
瓦礫の撤去は完了したものの、
震災によって破損した構内は、手付かずの状態でした。
野蒜駅から西側を見渡すと、
仙石線・新線の橋脚が見えましたよ。
仙石線、本当に山の中に移動しちゃうんだ。
消えゆく従来線はここまでです。
この先、新線との合流地点へと向かいます。
しばらくは平坦地を走り抜ける従来線ですが…
おっと、ここは!
そう、津波から奇跡的に逃れることが出来た、
仙石線M16編成が長らく留置されていた場所なのでした。
(平成23年5月23日撮影)
線路と架線が消えた以外は、
まったく景色は変わっておりませんでしたよ。
(同じく、平成23年5月13日撮影)
そして現在。
この場所の背後に、
新旧線の合流地点があるのです。
右に見えるのが鳴瀬川橋梁から続くアプローチ部分で、
この地点から大きく東側(画像左側)に湾曲し、
先ほどのM16編成があった場所に繋がります。
すでに姿を現している橋脚を見ると、
どうやらこのアプローチ部分も造り替えられるようですね。
新しい仙石線は、高さ22メートルまで持ち上げられるんだとか。
従来線(手前の道路部分)側から見た新線の橋脚。
ここを2年半前まで205系電車が走っていたなんて、
想像も出来ませんの。
こうして仙石線は再び従来線に合流し、
2年後、鳴瀬川橋梁越しの陸前小野駅まで繋がることになるのでした。
そうそう、鳴瀬川橋梁の架線柱設置部分を見てみたら、
しっかりと補修されていたみたいです。
仙石線の全線電化復旧、くるか!?
以上、大雑把でしたが仙石線の復旧状況のレポでした。
余談ですが、先の多賀城地区に続き、
この工事が完成すると野蒜地区からも”踏切”が姿を消す模様。
路線距離も1,2キロ短くなるというし、
どんどん進化する仙石線、目が離せません!<
☆追記☆
東名駅の架線柱ですが、震災前からあったものなんですって。
平成21年の夏に撮影した東名駅はこんな感じでしたので、
古いタイプの架線柱が残っているものとばかり思っていたのですが…
こちらは震災直後、4月5日の東名駅。
たしかに新型架線柱になってる!
奥にある架線柱、こちらは新型ですけど倒壊しちゃってますね。
…ということで最後に残った架線柱は、
津波にも耐え抜いた奇跡の架線柱なのでした。
情報提供戴いたrokkouorosiさん、ありがとうございました!