皆さま、おはようございます!


八戸線の終着駅と言えば久慈駅ですが、

昭和50年まではもうひとつの終着駅がありまして、

それが今回の記事のキーワードになる湊(みなと)駅でした。


1894年(明治27年)、

東北本線の前身である日本鉄道の終着駅として開業し、

かつては旅客営業も行っていたのですが昭和19年に廃止、

以来、廃駅となる昭和60年まで貨物駅として存続していたのですよ。

歩王(あるきんぐ)のLet’sらGo!-d05100/湊駅廃線跡

緑線が現役の八戸線、赤線が今回ウォッチする、昭和60年に廃線となった八戸線貨物線です。

昭和52年の本八戸駅高架駅化に合せ、

高規格な高架線となった湊駅まで続く貨物支線。

わずか8年で使命をまっとうし、

今では廃墟となってしまった八戸線貨物線。

現在の様子をとくとご覧あれ。


まずはこちら、高架駅である本八戸駅からスタートです。
歩王(あるきんぐ)のLet’sらGo!-d05101/湊駅廃線跡

貨物支線と八戸線は並行しておりまして、

高架駅の本八戸駅からしばらくの間は巨大な高架線が続きます。

八戸市内では突飛して目立つ構造物ですね。

歩王(あるきんぐ)のLet’sらGo!-d05102/湊駅廃線跡

こんな感じで延々と続きます。

ちなみに手前の道路は、旧線から転用されたもののようで。

やなたまさん、今回もありがとうございました!

旧線跡は道路と高架橋の間の空地だったんですね (^人^)

歩王(あるきんぐ)のLet’sらGo!-d05103/湊駅廃線跡

たまご湯、気になる!

今回、入浴は断念しちゃいましたけど、

次回はチャレンジしてみるかな?

たまご湯って言うくらいですから、

黄色い湯船を思い浮かべていたんですけど、

卵屋さんが始めた銭湯だから、たまご湯なんですって。

なるほど。


やがて八戸線・小中野駅が近づいてくると、

直前で大きく高架線が2つに分離するのです。

ここから先、直進する側が廃墟となった貨物支線なのですよ。
歩王(あるきんぐ)のLet’sらGo!-d05104/湊駅廃線跡

奥に見える八戸線を列車が走り抜けてゆきます。
歩王(あるきんぐ)のLet’sらGo!-d05105/湊駅廃線跡

やがて廃墟高架線は、平地にある湊駅に向けて、

徐々に高度を下げてゆくのですが…
歩王(あるきんぐ)のLet’sらGo!-d05106/湊駅廃線跡

高架線が突如、切断されている地点があるのでした。
歩王(あるきんぐ)のLet’sらGo!-d05107/湊駅廃線跡

歩王(あるきんぐ)のLet’sらGo!-d05108/湊駅廃線跡

実はこの地点、高架線の傾斜角が緩やか過ぎて、

道路を行き交う、かさ高トラックの運行の支障になっていたんですって。

貨物支線の廃止が決まると、

この地点は早々に撤去されてしまったみたい。


やがて高架線は地上に下り、

廃墟な構造物もここで終端を迎えます。
歩王(あるきんぐ)のLet’sらGo!-d05109/湊駅廃線跡

この辺りを見ると、線路こそは撤去されているものの、

バラスト等はそのままで残されているようですね。

この先、湊駅まで続く廃線跡は道路に転用され、

当時の姿を偲ぶものはちょっと見つけにくい雰囲気でした。
歩王(あるきんぐ)のLet’sらGo!-d0510a/湊駅廃線跡

と思いきや、
歩王(あるきんぐ)のLet’sらGo!-d0510b/湊駅廃線跡

ほとんどが遊歩道・みさき通りに転用されているみたい。

ということは、廃線跡巡りはみさき通りを歩けばよいわけで。

はたして、当時の遺構は残っているのか?

次回のブログに続きます。


(続きはこちらからどうぞ。)

【湊地区廃線跡②】緑地公園になった湊駅跡地(平成25年5月5日)
【湊地区廃線跡③】八戸第二魚市場に繋がる貨物線跡(平成25年5月5日)


八戸線