皆さま、おはようございます!
昨日は仕事で、山形県酒田市の庄内軽自動車協会に行ってきました。

仕事を早めに切り上げると、こちらの場所に向かいましたのよ。
じゃーん!

JR貨物の酒田港駅でした。
自分、小さい頃から鉄道好きで、
中でも貨物は大・大・大ファンだったのですよ。
ここに通い始めたのは今から20年も前なのですが、
当時はインターネットもなく、
貨車自体が情報も少ないマイナーなジャンルでしたので、
古い貨車が集まるこの場所は聖地のような存在でした。
なぜ古い車両が集まるのって?
それは、この地で貨車の解体が行われているからなのです。
近隣には私有貨車の大オーナーでもある東北東ソーがあり、
貨車ウォッチには絶好のポイントでしたの。
ここに来るのはかれこれ3年ぶりか。
住所の確認のためにウィキペディアをチェックします。
…え???
なんと東北東ソーの車扱貨物は昨年3月に終了みたいで。
現在はコンテナ扱い貨物と、車扱は解体車両の搬入のみだとか。
こりゃ寂しい現実を見そうですね。
現地に到着すると、予想通りの展開に。
以前は溢れんばかりに留置されていた化成品タンク車は、
1両もその姿を見ることが出来ませんでした。
では、貨車の解体場所である側線はどうなっているの?
行ってみたところ…

ありゃ?こちらも車両がいた形跡すらありませんね。
貨物輸送の現実を見せられた感じです。
姿が異なる車両がぞろぞろと連なって運行されてたのは、
遠い昔のことなのですね。
上の画像の右手側が解体された車両の処理場です。
ここはRM誌でも幾度か紹介されておりますが、
外周の外壁はなんと!解体されたタンク車なのです。
よく見ると…

タキ3000やら5200やら濃硫酸やら。
中央の太いのはタキ10000でした。

平たい鉄板はなんと、
輪切りにしたタキ9800を平にしたものだったんですね。
左の丸い穴がドーム部分か。
他にもワムハチやワキ5000があったり。

見るものは多かったですが、
ここが今後も賑わうことは先ずないでしょう。
東北東ソーの方も外周より眺めましたが、

構内に数両が確認できただけです。
以前この地でタム3900のトップナンバーや、
様々なカセイソーダ専用車を見て
歓喜したあの日がホント懐かしいですよ。
こうなると、
残すところの趣味の対象はコンテナだけになてしまうのかな、と。
今は、そんな気持ちでいっぱいでした。
昨日は仕事で、山形県酒田市の庄内軽自動車協会に行ってきました。

仕事を早めに切り上げると、こちらの場所に向かいましたのよ。
じゃーん!

JR貨物の酒田港駅でした。
自分、小さい頃から鉄道好きで、
中でも貨物は大・大・大ファンだったのですよ。
ここに通い始めたのは今から20年も前なのですが、
当時はインターネットもなく、
貨車自体が情報も少ないマイナーなジャンルでしたので、
古い貨車が集まるこの場所は聖地のような存在でした。
なぜ古い車両が集まるのって?
それは、この地で貨車の解体が行われているからなのです。
近隣には私有貨車の大オーナーでもある東北東ソーがあり、
貨車ウォッチには絶好のポイントでしたの。
ここに来るのはかれこれ3年ぶりか。
住所の確認のためにウィキペディアをチェックします。
…え???
なんと東北東ソーの車扱貨物は昨年3月に終了みたいで。
現在はコンテナ扱い貨物と、車扱は解体車両の搬入のみだとか。
こりゃ寂しい現実を見そうですね。
現地に到着すると、予想通りの展開に。
以前は溢れんばかりに留置されていた化成品タンク車は、
1両もその姿を見ることが出来ませんでした。
では、貨車の解体場所である側線はどうなっているの?
行ってみたところ…

ありゃ?こちらも車両がいた形跡すらありませんね。
貨物輸送の現実を見せられた感じです。
姿が異なる車両がぞろぞろと連なって運行されてたのは、
遠い昔のことなのですね。
上の画像の右手側が解体された車両の処理場です。
ここはRM誌でも幾度か紹介されておりますが、
外周の外壁はなんと!解体されたタンク車なのです。
よく見ると…

タキ3000やら5200やら濃硫酸やら。
中央の太いのはタキ10000でした。

平たい鉄板はなんと、
輪切りにしたタキ9800を平にしたものだったんですね。
左の丸い穴がドーム部分か。
他にもワムハチやワキ5000があったり。

見るものは多かったですが、
ここが今後も賑わうことは先ずないでしょう。
東北東ソーの方も外周より眺めましたが、

構内に数両が確認できただけです。
以前この地でタム3900のトップナンバーや、
様々なカセイソーダ専用車を見て
歓喜したあの日がホント懐かしいですよ。
こうなると、
残すところの趣味の対象はコンテナだけになてしまうのかな、と。
今は、そんな気持ちでいっぱいでした。