小学校の行事、音楽会に向けての練習は
子どもにとってストレスでもある。
 
たまたま、
自分の子どもが属さない学年の先生が、
頭ごなしに指導をしている現場を
見てしまった。
 
リズムが取れない子どもに、
威圧的に教え込む先生。
 
悪い先生ではないのだろうが、
心に余裕がなくて近視眼的にしか
見えていない様子は、痛々しかった。
 
その教え方では、
残念だが、分からない。
 
とても立派な音楽会だったけど、
目指すレベルが高すぎて、
子どもたちは怒られてばかり。
 
優秀な娘むーちゃんも、行事が終わってから
解放感しか口にしない。
 
「私 シンセサイザーは
 もう一生 選ばない。」
 
この子たちの中に、
心から音楽の楽しさを味わえた子どもは
何人いるんだろうショボーン
 
音楽って本来楽しいものでしょ??
 
とてもモヤモヤした。
 
学校から配られた、保護者向けアンケートが
どうしても書けなかった。
 
私の感情をそのまま吐き出すと、
必ず傷つく教員がいる。
 
かと言って、当たり障りのない
教員へのお礼で終わらせるのはいやだ。
 
でもな〜、
ふざけているのではなく、
本当に分からないのに、下手な指導で怒られて、
涙目になっていた子が可哀想。
 
そこには正義感のような感情が
湧き上がってしまう。
 
迷った末、学校に電話し、
むーちゃんの担任に全てを話した。
 
スクールカウンセラーが、
音楽会前は子どもが荒れるんです、
と言った話から何から。
 
 
私の話は、
アンケートにそのまま書けないですよね、
誤解が生じますよね、と。
共感もしてくれ、
管理職には話します、と。
 
話し言葉というツールを使って良かったと思った。
 
 
書き言葉で、人を傷つけてはいけない。
それは、書くことを仕事にするうえで、軸にしていること。
正論は人を傷つける。
 
 
私は偉そうなことは全く言えなくて。
 
なぜ引き寄せの法則にたどり着いたか?
 
それは4年前、幼稚園での保護者・先生のグループラインで、
トラブルを経験したことに端を発する。
 
自分はもっと大人だと思ったけど、違った。
 
そのへん、反省だらけで今に至る。
 
 
結局、
感情を吐き出すのではなく、伝えよう。
受け取った相手が傷つかない形で、次年度への提言になるよう
アンケートを構成しようと決めた。
 
まるで企画書のような?レジュメのような?アンケート。明日、頑張って書く!
 
 
 
仲良しになら、感情は吐き出していい。
今回も、まずは夫に吐き出した。
その先生は熱心なんだけど、方向性が間違っているから、イライラした!とぶつける。
その段階で、感情にフタをすることはない。
 
(自分の感情を認めてあげないと、マイナス感情の承認欲求が膨らんでしまいますから。)
 
 
だけど、そのまま相手に伝えて良いかというと違う。
そんなことをしたら自己嫌悪に陥ること間違いなし。
結果として自分に跳ね返ってくる。
 
 
人は価値観の相違があって当たり前。
それを頭で理解していながら、
相違があって残念って感情が湧く相手は、自分にとって大切な人
だったりする。
 
 
吐き出すと伝えるの差については、
職場でも、ママ友でも、
頭の良い人って各論じゃなく総論で話すなぁ
ってよく思う。
 
私はそれが苦手。
仲の良い人に一度感情を具体例で吐き出さないと、気持ちが昇華できない。
 
 
感情を吐き出せる人の存在は、本当にありがたい。
伝える前に、吐き出す自分を認めてもらえる相手は、
自分が本当に信頼出来る人だから。
 
 
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水曜にブログを投稿することが多かったんだな、と気付き、更新しました。

スマホから投稿した、推敲しきれていない気持ちの中です。
 
書きたいことが心の中に溢れているけれど、なかなか書けない。
それは、完璧を目指してしまっているからだ!
 
四角な部屋を丸く掃こう!
 
完璧主義を止めることが、
未来を切り開く、現実を良い方向にみちびく小さな一歩になるのだから。
 
そう思って投稿しました。