皇居外苑内の楠木正成像は、住友家からの寄贈であり、製作の指揮を執ったのは彫刻家・高村光雲で、芸大(東京美術学校)の学生たちが関わった、ということはかねがね知っていました。
ただ、最近になって靖国神社の狛犬作者の父(後藤貞行)がこの像の馬の彫刻を担当していたと知り、今ちょっと楠木正成像に深入りしています。
普段はさらっとしか見ないこの像を凝視してみたところ、発見がいくつもありました。
例えば、この像の製作にかかわった彫刻家・鋳造家のリストが台座に設置されていたのです。
それについては後述しますが、まずは見た目の発見から。
鐙(あぶみ)の紋板のところには、燕の透かし彫りがありました。
飛ぶ鳥を落とす勢いでも表しているのかと思いきやー
>燕模様は、武具では「吉祥・繁栄・帰還」を願う縁起文様として用いられることが多い・・・
AIの回答です。
流石に馬の専門家・後藤貞行が手がけただけあって、馬具も丹念。
馬の顔面に装着された革の先の部分にあるハミ環(手綱がかけられた部分)の環も、単なる輪っかでなく、結構凝った形状です。
馬の目は飛び出ていて、正面から見るとちょっとユーモラス。
しっぽが風になびき、疾走感にあふれています。
武具は別の担当者が手がけたということで、青銅製の像だけにリアリティは抜群。
菊・葉など、細かい模様が彫られています。
鎧の大袖などは太糸の風合いが出ています。
さてさて、上述の製作者リストですが、台座の最上部にありました。
馬の蹄が置かれたすぐ下、赤い矢印の真下部分。
文字を書き起こしてみることに;
明治二十九年 東京美術學校製作
彫塑主任
東京美術學校教授 正七位 高村光雲
彫塑擔任
東京美術學校教授 従七位 石川光明
東京美術學校教授 正八位 山田鬼斎
東京美術學校教員 後藤貞行
鋳造主任
東京美術學校教授 正八位 岡崎雪聲
鋳造擔任
東京美術學校助教授 杉浦瀧次郎
-----
後藤貞行は美術学校教員になっているけど、もともとの職は違ったはず。
光雲に見込まれて、本像の馬製作を機に本校に任命された可能性も。
最初の部分のみ拡大してみます;
石川光明と書かれた行の2つ前の文字「彫塑擔任」は、何と読むのかと思ったら、「担任」の旧漢字でした。
また、ブログのコメントでも頂いたとおり、山田鬼斎も関与していたことが裏付けられました。
高村光雲は頭部を担当し、山田鬼斎と石川光明が身体・甲冑部などを、後藤貞行が馬の製作、といった分担のようです。
光雲が担当した頭部ですが、その原型を見てきた話などはまた別の機会に。












