●慶應義塾大発祥の碑の作者は谷口吉生氏 実際の発祥の地は聖路加病院の中
●一橋大学発祥の碑はGinza Sixの真ん前
1)慶應義塾の碑 By 谷口吉郎
去年金沢旅行に行って、室生犀星の文学碑を地元の谷口吉郎氏が建てたことを知りました。
ただ犀川の岸辺あたりで、やや遠かったこともあり行かずじまい。
でも、都内に息子の谷口吉生氏が建てた慶應大学発祥の碑があることに気づきました。
去年、聖路加病院の人間ドックに行く途中で偶然発見したのですけどね。
そのときは碑を認めただけで、大御所・谷口氏の作品とは気づかず。
先日の講演会で知りました。
吉生氏は塾生ですから、身内に建ててもらったことになります。
その碑というのがこれ↓です。
左手の方の碑が慶應義塾発祥の地の記念碑。
本が上向きで見開きになっている形をしています。
建立は1958年。
慶應義塾創立百年記念行事の一環だった模様。
写真右の縦向きの大きな見開きの本の形の碑は新しいもので、
手前の説明書きも恐らくそれと一緒に創られたのではないでしょうか。
これについてはちょっとまた別のくくりで述べることに。
蘭学=解体新書ということで、表面には解体新書の絵のようなものが刻まれていましたよ。
この日は日差しが強くて、刻まれている文字は反射でよく見えずじまい。
かろうじて、慶應義塾の起源は、1858年福沢諭吉が中津藩奥平家の中屋敷に開いた蘭学の家塾に由来する、の文字が見えました。
碑の上の本型の表面にも文字があるようにも見えたのですが、日差し強すぎで読むのは断念。
所在地ですが、聖路加病院そばの小さな公園です。
とはいえ実際に塾があったのは、今の聖路加病院の敷地内だそう。
ということは、奥平家の中屋敷跡に聖路加病院が建っているということなんですね。
上の文字はここ、側面に書かれていました。
2) 一橋大学 Ginza Sixにて
一橋大学は、今の銀座にあるたい焼き屋の2Fで始まったと、以前如水会館で開催された講演会で聞きました。
なかなか最初はささやかなものだったようです。
正確な発祥の場所はGinza Sixの向かいにあった小さなビルだったようですが、碑自体は、Ginza Sixの真ん前。
Ginza Sixにはよく行くのに見たことない!と言う人もいるのでは??
位置関係が上の写真ではわからないので、斜めから撮ってみました。
この写真は2017年に撮ったものですけどね。
視線の先に、岩崎眼鏡の看板が見えます。
1875年が設立年のよう。
面白いことに慶應と同じく、百年記念に創ったようです。
100年経つと人は碑を作りたくなる、、、のかな?
一ツ橋って商科のイメージがありますが、始まりは商法講習所だったというから納得です。
3)女子学院 ふたたび聖路加病院にて
こちらは高校ですが、立派な記念碑がありました。
やはり聖路加病院の人間ドックに行く途中、慶應義塾の碑のすぐそば、斜め対面です。
さすが、由緒正しき高校だけあって、高校にしては立派な碑だなぁ。
女子アナのあの方とあの方の出身校でもありますね。







