1996年 ヘアダイやパーマ液で体調を崩したため美容師をやめざるを得ず、次にアロマとフェイシャルを学んだ私は『アロマは素晴らしいものだからきっと伝わる』と思い、田園都市線沿線宮前平で自宅サロン「フィオナ」をオープンしました。
ところが、ネットもない時代で、アロマの良さも、サロンがあることもなかなか伝わりませんでした。
カラーコピーした手作りチラシをあちこち配って、たまたま懇意にしていた靴屋に行った時にチラシを手渡すと、店主から、こんなふわふわしたものをやってないでうちへ来て足の魚の目を取る仕事をしないか?と強く勧められました。その世界に踏み入れたことがなかったのですが、生来の好奇心が湧いてきて、その誘いに乗ることにしました。
入店してすぐに足と靴の専門学校「フスウントシューインスティテュート」で、ドイツ人講師からドイツ式フットケア=フスフレーゲを学びながら、赤い靴横濱元町店「ドイツ足の健康館」では、店主らにドイツの整形外科的靴の販売法や中敷調整を学び、店の片隅に設置されたフットケアブースでは全国から押し寄せるトラブル足を抱えた足をケアしていました。
これが私のフスフレーゲとの最初の出会いです。
今から思うと、偶然が重なって、足の専門家にたどり着いたのだなと思います。
いまでは、私を足と靴の世界へ誘ってくださった、当時の店主のA氏に心から感謝しています。
飽きっぽい私が28年も飽きずに続けられていることが私にとってはまさに奇跡です。性に合っていたんだと思います。