3月4月と卒業・入学・入社式などがありますね。
おわりと始まり。
皆さんの周りではいかがでしょうか。

私は3月に二つのクラスがスタートしました。
個人セッションでの深い深い進行も、
グループでの進行も

「心をひらいて正直に関わる。関わり続ける」

このことがなんて大きな相乗効果を生み出すか!
ということを感じています。

人は違うことやわからないことを恐れます。
でも違いがあることや、わからないときがあることは
当たり前なのですよね。

この違いやわからなさに対して、
好奇心をもって関わり続ける。
知ろうと互いにコミットし続けること。
これはまさにコミュニケーション筋肉だなと思います。
(前提として、自分の安全と安心感あってのことなので
それらを感じない相手とは、別の話です)


当たり前かもしれませんが
人は同じ気持ちにならなくてもいいのです。

「あなたは、そういう考えなんだね。
私は、こう思う」

それで、関係のおわりにならない。
違っても並列でいられる。
違いを認め合いながら、互いを尊重したり、
それぞれの違いを楽しみあえる。

そんな関係もあるとしたらどうでしょうか。


でも、たとえば過去に

話してもわかってもらえなかった。
聞く耳をもってもらえなかった。
などが続いたら。

わかってもらおうとすること自体をあきらめる。
となるかもしれません。

先日の「迎合クラス」という講座の中で
津田真人さんが
『違和感を消去したときから迎合がはじまる』
とおっしゃっていたのですが、
あるあるー!と、自分ごととして、
感じるものが大きかったです。


私たちは大なり小なり、あっという間に
自分の気持ちをナイことにします。

そのときに、もれなくこれまでのパターンが
反映されるのですよね。

たとえば、相手の話を聞いていて、「え?」と思っても、
先ほどのようにわかってもらえなかった経験があったなら。

自分の気持ちを相手の方に合わせて、
相手がわかる形にして、受け入れてもらおうとしたり。
逆に相手をわかろうとして
「自分が感じている疑問は飲み込む。
違和感をナイことにする」
なんてこともあるかもしれません。

本音より、その場の空気をこわさない言葉、
相手が満足する、相手にあわせた反応をするかもしれません。

ですが、そのようにして自分の中のホンネや、
相手とは異なる意見、疑問などをナイことにしたとき。
少しづつ、自分らしさも一緒に封印されます。

一時は穏やかにことが運ぶかもしれませんが
そこで取り残された「自分の気持ち」はどうなるのでしょう。

むりをする相手とつながりがなくなるより、
自分自身とのつながりがなくなるほうが
何倍もつらくないでしょうか。

そしてその関係はずっと続くでしょうか?
続けたいでしょうか。

(以前、私は「自分より相手の気持ちを優先マインド」
で過ごしていましたが、ある日
「相手に嫌われることを怖がるより、

私は私に嫌われるほうがイヤ」と、
大事にする矢印を変えた決意をしたことを

急に思い出しました。笑)


自分らしくいるということは
「自分は自分の意見があるし、これはこれでいい。
相手も相手の意見があるし、あっていい」。
どちらもあって、どうするかしないかは、
自分が決めていいということ。
(これ、実はめっちゃバウンダリーの話です!)

バウンダリーの記事>>


皆さんはいかがですか。

自分らしく、いやすいですか?

“自分はさておき”をしていたら、
“自分を前にだすこと。並列でいること”、
最初はちょっと勇気がいるかもしれません。

でも、まずは自分が安心・安全を感じる人たちの中で
“自分の意見を伝えてもいい。違っても、途切れない。
拒否されない”体験を、更新してみませんか。

人間関係の傷つきは
人間関係の中で癒されます。

「私は私をないがしろにしない」。
小さな決意が後押ししてくれるかもしれません。
 

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