毎日、5分の瞑想。

寝る前に瞑想していたら、知らずにやってみたいことをブロックしていることに気がついて、だから、私は富も豊かさも欲しい割には遠ざけていらないって見向きもせずにいるんだ!

って、気がついたので、忘れる前に貴重なシェアお願い致します。

何を感じたかは、ゆっくりゆったり体の感じを感じてみたら、腰が疲れて重たい、頭が交感神経で興奮していてベクトルが外向き、だから疲れるんだなーと。

で、今何したいのかなーって感じたら、ラウンジとかスタバとか景色が良いところで、ボーッとしながら、景色綺麗だなー、自然の出す色は素敵だなー最高だなーって見も心も軽く感じながら、美味しいあまーいスイーツを制限なしに思う存分に、食べていたい、って感じたね。そしたらどーなるんだろ?と思った時に、ハイ!ブロック!

ダメダメダメよー!太っちゃうものー!

ダメよ〜!体に良くないもの〜!

見たくない、目をそらすような仕草が思い浮かぶ。


ハッとしました。あっ、だから、私は富も豊かさもブロックして遠ざけていたんだなと。


思い込みは、親の口癖や親から言われたことが、ブロックとなり形成されますね。実感。

昔はというか、その時はブロックが安心安全に生きるように守りの役目をしていたんだと思う。自分に染み込んでいるから自分のいち部なわけで、けして悪いものではない。ただ、今は時も立ち、その鎧はいらなくなった。だから、ブロックとなり、うまくいかない現実を教えてくれていた。

サインにきがつけるかな?

瞑想は、サインに気がつくにはもってこい。自分を観察してみたら、以外なブロックがあるかもね。


実験、さらにそんな私(スタバやラウンジで美味しいコーヒーや紅茶を飲みながらスイーツを食べている自分)実際にどんなかなーって深くのぞいてみたら、スイーツの後ろに甘えたいがかくれていた。


甘いものを食べると一瞬だけ、マッチ売りの少女みたいに、幸福感を感じられます。その中に、本音が隠れていました。甘いものを制限なく食べたいって感じたのは、幸せを感じられる甘えられる許される場所や大事にしてくれる人、ハグしてくれてどんな時も最高さと言ってくれる人が欲しかったんです。

それは、母にそうしてほしかったんです。

今は他界して母はいません。私は幼少期から、ネグレクトやシンデレラみたいな感じだけど、家の手伝いをさせられながら、文句言われて、母の機嫌によりサウンドバックみたいになってました。

父も、外にばかりいき、自宅には寝に帰る程度。親の温かさや許される感覚はなかった。両親の喧嘩に挟まれ固まるしかなく、常にアンテナをはっていないと、母からは罵声をあびた。脚が短くてお父さんに似てかわいくない子、のろま、バカ、にぶい、そんな言葉しか言われたことがない。

可愛い、素敵、素晴らしいって言われたかった。

だから、反面教師で、子供達には自分だったらを考えて、言われたい言葉をかけるようにしています。しかし、私も人間。裏と表、陰と陽があります。子供達を叱るときに、つい母が言ってるように、バカ、でていけ、お前なんていらないと口からでてしまう。

言ってる自分を自分で、あっ!しまった!なんでそんな嫌なことをわざわざ言ってるんだろう!ってびっくりします。それがカルマ、因縁の強さ恐ろしさ。

この、カルマ、因縁を私の代で断ち切る!心に誓いました。

私が、幼少期の私を抱きしめながら、メリーゴーランドなんて抱きしめながらくるくる回って、喜ぶ小さな私を見ながら安心して喜ぶ。そんな空間や関わりがしたかったんだなー。

我が子にも、そんな関わりがしたい。

やりたくないことをやめ、やりたいことのみをする!

そうやって選んで人生をやりたいことへ選択していく連続。

だんだん良くなる未来は明るい!斎藤一人さんの言霊を唱えながら。

そんな瞑想から、見えた深い内観でした。