私の調律はもう無理だと思いますが、あまり見えなくなってしまったので、調律を続けます。
オリンピックのフィギュアのペアの演技を繰り返し見ていますが、優雅で綺麗でいいですね。
以前はあまり考えずに観ていましたが、現実的に考えると負担が掛かるので良くないですね。
純粋に演技として観ている方が美しさを愛(め)でれます。
何かを観ると過去が浮かぶことがあるので、微かに残っている記憶を辿ります。
殆んど何も思い出せませんが、高校生の時に器械体操を少しだけしていて、自衛隊のように「着地をする時に手を着くな!」と言われたことを思い出しました。
筋力や腹筋がないので、手を着かないと頭をぶつけるので、暫く耐えてから手で支えましたが怒鳴られました。
手を着いて手を折るか頭をぶつけるかの二択なら手を折る方がいいと思いました。
ちゃんと耐えてから手を着いているので折れないですけどね。
自衛隊の訓練でも折れるから手を着いてはいけないと言うのはTVで観たことがあります。
以前は何かを観るとやる気が湧いて動きたくなったので動いていましたが、今は何も出来ません。
ネガティブな感情はありませんが、事実をです。
以前は動いたり筋トレをすると楽しかったです。
深夜でも筋トレや外を走ったりジャンプしていました。
あぜ道なので、夜だと誰もいないので、バレリーナのようにジャンプしました。
見られていると危ない人ですね。
長い一本道なので、走ってジャンプするのに丁度良かったです。
どんなに過酷でも痩せてもずっとストレッチと運動はしていましたが、途中からそれも無理になりました。
180度以上前後開脚をして後ろの脚を折り曲げられましたが、病気でカッチカチになって出来なくなりました。
ヨガでも見るポーズですが、一切肉がついていないと不利ですね。
痩せると180度では床につかなくなるので、関節が外れそうなくらいに開脚をしていました。
肉がある方が早く床につくので得です。
10代は仕事で一日何十キロも走っていましたが、そんなこともあまり思い出せません。
よくそんなことが出来たなと思います。
脳を意識して変えると距離が近く感じますした。
苦しい状態を超えると楽になった気がします。
筋肉は全くつきませんでしたが、犬の散歩で走ったり、運動量が減るとしんどくて、夜10時に家に着いたら荷物を玄関に置いて一時間歩いていたこともありました。
体がしんどくなるような気がしたので、昔は馬のようだなと思っていたら、偶然、TVで馬と同じだと言う話を聞きました。
たくさん食べて少ないタンパク質を吸収しないといけないので、走るようです。
私も炭水化物をよく食べていたので、そんな気がしました。
動くっていいですね。
今はほぼ動いていませんが、
運動はしていましたが、体調が悪化してから力を入れられなくなってしまったので、運動は出来ません。
筋肉がないので、動いたり筋トレしたいですね。
動いた方が栄養も回るので、少しでも動きたいですが、難しいです。
頭の上まで脚が上がりましたが、もう無理です。
動いても筋肉痛や体がつったこともなかったのに、今は負担が掛かりそうです。
ビタミン強化しないといけませんが、栄養や休息や回復がないと痛めますね。
筋肉がつきにくい人は怪我をしにくいときいたことがありますが、どうですかね?
頭のダメージから怪我をしやすくなったので、1cmの高さで倒れてもゴン!と痛いので、厚手の服を着ていましたが、倒れると怪我するようになってしまいました。
それまでは倒れても一切怪我をしませんでした。
努力はあまり意味がないので、努力しても他人には見えないし、消えればなかったかのように思われます。
心が綺麗な人にしか見えないのが努力です。
賢い人は気づきます。
昔話は疎まれることがありますが、私は他人の話や昔話も好きでした。
私の話なんかに興味ないでしょ?という現実的な考え方の人もいますが、人の話は楽しいです。
まさに『フォレスト・ガンプ』の映画のようですね。
中身がある人を見るのは楽しいですね。
こんな音楽が好き、とか、こんなファッションが好き、とか、こんな食べ物が好き、とか、好きなものや嫌いなものにはその人が出るので、興味深くて好きでした。
昔は、雑誌のインタビューを読んで、「ミスタードーナツで流れているオールディーズが好き」とか、「朝はボサノバを聴いています。」という人の影響を受けて、オールディーズやボサノバのCDを買って聴いていました。
私は、一時期、スウェディッシュポップスが好きで、カーディガンズやABBAを聴いていました。
トーレヨハンソンのアレンジした曲も好きで知らずに聴いていたこともありました。
あまり思い出せませんが、その時代を流れで追いかけて見ると楽しいですね。
クエンティン・タランティーノ監督作品も観ていました。
調べてみると、『パルプ・フィクション』を観ていました。
ユマ・サーマンが好きでした。
ユマ・サーマンは、本当はウマ・サーマンのようですね。
日本では、馬になってしまうので、ユマと読んでいると見ましたが、合ってますかね?
午年フィーバーで偶然に、ユマ・サーマンを思い出せました。
グイネス・パルトロウが好きでしたが、お子さんの名前がアップルちゃんでしたが、りんごも好きでした。
何故、好きだったのか、感覚も忘れてしまいましたが、高校に行く途中でりんごを一つ買ってからお昼ご飯に食べていました。
周りの人は意外とよく見ているので、カーテンに隠れて食べていましたが、知人の知人が見ていて、りんごダイエットをしていると思われていたようですが、「りんごが好きだから。」と説明してくれていたようです。
昨日もTVで『花より男子』のクイズがありましたが、花沢類が好きなものがりんごでした。
昔、『花より男子』を漫画で読んでいた時に私と似ていて驚いたことがありますが、りんごまで同じでした。
昔は丸噛りでしたが、最近はりんごはあまり食べなくなりましたが、すりおろすのが好きです。
すって変色するので、レモンを絞って酸っぱくするのが好きでした。
カットしたりんごは塩水に浸けて変色防止をしていたように思います。
子供の頃、お弁当とかに入れる時に塩味がしたように思います。
りんごはカリッとふじりんごが好きでした。
今もりんごに関することは継続していますが、りんごはあまり食べなくなりました。
りんこば医者いらずと言われて体に良いので、アレルギーがなければ時々食べたいですね。
シェリル・クロウも好きでした。
懐かしいものを観ると以前は記憶が蘇っていましたが、今は忘れて音楽も殆んど聴けなくなっています。
脳内環境は大事です。
音を聞き分けるゲームも好きでしたが、今は、何でも消えていきますね。
手に取れるものや書き留めたり、保存が出来ないと見失ってしまいますね。
謎解きやクイズも好きでしたが、忘れてしまいました。
自分を形成してきたものを思い出さないと私にはなれないですね。
アイスが好きで、子供の頃はアイスはチョコミントで、クリームソーダに緑色や青い食べ物や飲み物が好きでした。
青色って食欲を減らす色と言われていますけどね。
耳にも食欲を抑えるツボがあったように思いますが、食欲はあまり抑えない方がいいです。
食べることが心の安定や健康に繋がります。
美味しいものや好きなものを食べることは至福の時間ですね。
子供の頃は、海老の天ぷらやネギや蕎麦が好きでした。
今も好きですが、子供の頃の方が好みがはっきりしていますね。
記憶を紡いで調律したいですね。
不穏なものに心を乱されないように、良いものを思い出してリラックスしたいですね。
残された時間がもうあまりありません。
大切な人生、大切な記憶達を少しでも維持できていたらと思いますが、想像以上に現実や人は厳しく過酷です。
何にも届かなかったことや、成し遂げなかったことがただ悔やまれます。
誰かや何かの評価はあまり必要はないのです。
評価されている人を見ましたが、そこにはまる人を選んでいます。
人生で唯一貰ったちゃんとした賞状は、保育園の時の郵便局の絵のようですが、全く覚えていませんでした。
何の絵を描いたのかすら記憶にありませんでした。
何もないようで、何かはあるのが不思議です。
小学校では、みんなに一枚賞状を贈るということがありましたが、私の貰った賞状はあまり意味のない内容でしたが、賞状をみんなに贈るアイデアはいいと思いました。
内容は大事ですが、
家族でも友人でも、おしゃれな賞状や盾やメダルを贈るのもいいかもしれないですね。
トロフィーもいらない人は捨ててしまうので、価値やデザイン性は大切です。
何でもそこそこ評価される人は評価されています。
私が好きな友人は個性的で才能豊かでしたが、評価されているのか分かりません。
広く見ないと定番のものしか残らなくなってしまいますね。
記憶に残っているものが、才能です。
優秀なのは才能とは違います。
すべて忘れてしまいそうですが、心に残るものが、美しいものです。
今日はバキッとよくなりますが、地震にも気をつけたいですね。
何のバキッかもはっきりとは分かりませんが、調律は続きます。
人は楽器と同じですね。
調律が上手くいくと体調や世界は調和します。
組曲やチェロが好きでした。
乱されない柔軟性が大切です。