わたしは今年で53歳なんですが
今までお友達で亡くなったかたというのが
一人しかいないと思っていたんですよね。
そのお友達とは亡くなる直前まで
ずっとラインでやり取りをしていたので
亡くなったことも覚えているのだ
と思い至る出来事がありました。
懐かしいお友達から最近連絡をもらって
そのかたのことは時折思い出すことが
あったので、その時もウワーっと
色んな事を思い出していたんですが
そうするうちに突然、
ハッ!!と
なったんです。
そう言えば、その方とわたしと
もう一人仲良くしていた方がいて
その方は亡くなったんだった!!
ものすごく若いときに!!
これを思い出した衝撃といったら
なかったです。
その衝撃の種類は2つあって
ひとつは、
本当に全く思い出さなかった
自分に対する衝撃。
もうひとつは、
思い出した瞬間にウワーッと
そのかたの思い出も鮮やかに蘇ってきて
でも、その思い出のなかには
そのかたが亡くなったことは
やっぱりまったく入っていなくて
要は、現実味がないんですよね。
会わなくなってしばらくたって
年末の年賀状欠礼の季節だかに
亡くなったというお知らせを
ハガキでたしかいただいて
え!?うそでしょ!?とは
思ったけど、
あまりに突然すぎて
経緯も分からないし
その後、お墓参りに行ったのだったか
もう一人のお友達が行った話を
聞いたのだったか
とにかくもう思い出せないんです。
わたしが思い出したのは
その方と一緒に写ってた写真の
はにかんだようなやさしい笑顔とか
わたしの名前を呼びながら
笑ってる姿とか
そういうシーンだけなんです。
いつも履いてたスカートとか
きれいなストレートの髪とか。
亡くなったことを忘れていた
ショックはあるけれど
思い出したらありし日々の姿だけ
っていうのはとても良いな、とも
思ったんです。
身近な人だとそうはいかないでしょう。
喧嘩したり仲直りしたり
日々を濃密に送った人であれば
思い出が多すぎて
こんな単純なことにはならないでしょう。
人の死について
あまり普段考えないのですけど
誰しもいつか亡くなる
とかいうことよりも
誰かがその人を思い出すときに
どんな姿を思い出すのかは
その人と交流があった人数分だけ
それぞれの人の中に思い出される
その人の姿があるんだと気付いて
それがなんだかすごいことに思えました。
ひとりの人であっても
その人の思い出される姿は
人生で関わった人数分あるんだな、
ということに。
別にテレビや映画で有名な人でなくたって
人生で出会う人数はおそらく
100人を超えるじゃないですか。
幼稚園や保育園
小学校や中学校、高校、大学、
社会人になって
結婚して
こどもがまた社会に入っていって
というともう、500人とか
1000人超えたりしそうじゃないですか。
そういう人生を送らなかった人
こどもの頃に亡くなる人であっても
家族以外に
お医者さんや看護婦さん、
他にもきっと関わった人って
たくさんいて、何かのきっかけで
思い出されていると思うんですよね。
どんな人生であっても
亡くなってからふと
思い出してくれる人がいる
それも温かな想いで
思い浮かべてくれる人がいる
それって、すごく素敵なことだと
思ったんですよ。
若くして亡くなったお友達の
ご家族のかたたちはきっと
今もさみしかったり
会いたいと思っていらっしゃるかと
想像しますが、
ずーっと遠いところに暮らしながら
何十年もたって突然
あの笑顔を思い出している人が
ここにいますよ、とお伝えしたい
気持ちになりました。
なぜなら、思い出したその笑顔は
今でもあの頃と同じように
わたしを温めてくれたからです。
それって、わたしの中では
亡くなっていないのと
同じことなんですよね。
え、ほんとうに驚いた。
分かりにくいかもしれませんが
今朝は、すべての人が
亡くなってからも
誰かを温めることが出来る未来を
創造します。
それって、生きている今
すべての人が
誰かを温めることと同じなので
今日も誰かの笑顔が
誰かを温める
そういう日常を創造します。
