不登校の次男が修学旅行に行きたい
と突然言い出して焦ったけど
その日のうちに本人が熟考のすえ
やっぱり修学旅行は行かなくていい
学校へ行きたい、と
自分の本当の願いを見付け
そして翌朝、中学2年生になって
おそらく初めて自主的に
教室に入れない子たちの教室、
ステップルームへ登校しました。
2年生になってすぐの時に
1日か2日、行ったんですよ
多分、わたしが促して連れて行ったかな。
クラス分けとか知りたいだろうし、
と思って。
本人も、その時は
まあ、行ってみるか
という感じで重い腰をあげていったけど
わりとすぐ「もう行かん」といって
週2回、学校じゃない建物で
夜にある学習支援事業へ
行くようになりました。
今回は自分で起きてすぐ
朝ご飯を食べて着替えて
9時に家を出て
(わたしが車で送って)
「2時間くらいおるから
11時頃迎えに来て」というので
OKして帰ってきました。
こういう出来事があるたびに
わたしは
こどもに学校へ行ってほしいと
思ってるわけじゃないのに
こどもが学校へ行くと嬉しいのは
どうしてなんだろうか、と
自分のことながら
不思議に思い
言葉にするとチグハグだなあ
と思っていたわけなんですが
さっき、考えていて
分かったんですよ。
わたしがうれしいのは
こどもが自分の意識で
こうしたい
と思い、それを口に出し、
行動するのを見ること全般。
不登校で毎日家にいると
こどもが自分の意識で
こうしたい
と口に出してくることって
ほとんど
「このゲームやってみたい」
「ヘッドホンが壊れたから買い替えたい」
「マック食べたい」
「おやつはポテチがいい」
「イオン行きたい」
「音楽を聞きながらドライブしたい」
なんですよ。
ほぼ、これ。
多少バリエーションはあっても
ゲームか、ほしいものか、
行きたいところか、食べたいもの
の4種類なんですよ。
でも、自分でそう思って
口に出したのであれば
わたしはたいてい一旦
オッケー了解、と聞き入れて
方位を見たり
予算を考えたりして
行けそうなら行くし
買えそうなら買う
作れるメニューは作るんです。
もちろん、
今日は疲れてるからごめん
とか
そんな高いものは買えない
とか
昨日も行ったから今日は行かない
とか
断ることも多々ありますが
自分でこうしたい、と思って
それを自力で叶えられるようになるまでは
親に言ってみることのハードルを
出来るだけ下げたい、というのが
まずわたしの中にある
大きな願いなんですね。
親に言ってもどうせ叶わない
じゃなくて
叶うかどうか分からないけど
言ってみて損はない
にしたいんです。
同じように
いくらこれはやるべきだとか
行っておくべきだと言われても
自分の意思で
やりたい、行きたいと
思わないなら
断れるようにもなってほしいから
やらない、行かないという意思も
尊重したいと思っています。
そういう毎日の中で、
行きたいところの一つとして
次男から
学校
が出てきた。
わたしの中では
イオンとかマックに比べて
学校の方がいいからうれしい
というわけではなくて
イオンやマックは
行けたらラッキー
行けなくても別にいい
という感じの
ストレスとは関係のない
ゆるい願いであるけれど
学校に行きたい、というのは
明らかに次男にとって
強いストレスがかかる
ことであるはずなのに
「だけど行きたい」
と思ったこと
「そして口にしたこと」
その二つが嬉しいんだなと。
普段の好きなことだけして
嫌なことは何一つしない生活から
嫌だけど、それを上回って
自分にとって意味があるとか
メリットがあるとか
喜びがあると考えて
行きたい、と考え
口に出したこと、
それが嬉しいんだなと。
だから、多分ですけど
一人で旅行に行ってみたい
とか
SNSで動画を配信してみたい
とか
料理してみたい
とか言い出しても
わたしは同じように
嬉しいだろうと思うんですよ。
「やっぱり学校に行ってほしい」
じゃなくて
新しいことや負荷がかかることに
チャレンジしようという気持ちが
こどもの中から芽生えたことが嬉しい、
そう思えるようになったからこそ
わたしは
不登校が全然ストレスじゃないし
家でまったく勉強してなくても
まあいいや、と今は思えているんです。
長男が高校を辞めてから
あれだけ長い期間
沈み込んだあと
ようやく始めたバイトも
一回やめたあと
今のバイトがずっと
楽しいと言っていること
バイト代から
毎月、貯金もしつつ
趣味のゲームの
リアルイベントに参加するため
一人で新幹線や飛行機に乗って
ホテルを取って
旅行も計画しつつ
眼鏡をコンタクトにしたいとか
運転免許はどうしようかなとか
高校を卒業した後の進路も
少しづつ考えられるように
なってきたのを見ていて
本当に感動しているのが
いまだに続いているんですよ。
人間の中から湧いてくる
自分はこれが好き
これがやりたい
これがあるから毎日楽しい
という気持ちって
最強だな~と。
しなければならないからする
行かなければならないから行く
ではない生き方を
不登校になったこどもって
ずいぶん若い時期から
選択できる位置にいるんですよね。
でも、それが出来るためには
日常的な闘いを
勝ち抜かないとダメなんですよ。
親からの
学校行け
勉強しろ
手伝いしろなどの圧も
もちろんですが
何より本人の中に
自分で自分にかける圧があるんです。
集団から外れる恐怖
将来への不安
みんなと同じように出来ない
自分への絶望
それらを乗り越えて
人目を気にせず平日昼間に
出かけられるようになって
さんざん好きなだけゲームやって
そういう経験を若い時にしていることが
その後の人生の財産になると良いなと
今日は不登校のこどもたちが
明るい未来を自らの手で掴む力を
創造しますね!
