自宅マンションで過ごす時間を出来る限り、
短くするために私の実家を出たのは夜8時は過ぎていた。
実家では、怒ることなく自分のしたいルーティンをこなしご機嫌に過ごした。
水まき
洗濯
プラレール遊び
アラジンのやりたいとはした。
しかし、
帰る時には帰りたくない気持ちと、
眠さでイライラして怒る姿は見られた。
帰宅してから、
あれるような予感はしていた。
自宅に帰り、
機嫌よく過ごせることがほぼなかったので。
あれているアラジンの姿しか、
想像できなくなっていた。
約2ヶ月になるだろうか…
3月のコロナの自粛が始まってからだろうか。
以前、
blogに
『私は春が春が怖い』っという内容のことを書いたが。
想像していたとおりの事になってしまった。
去年も3月~乱れはじめて、
今年も同じ状況が繰り返された。
自粛の影響だけではないのか…
こればっかりは、
分からない。
当人に聞いても、
言葉がかえってこないのだから…
子供が
ワーワー
何が母親にしてほしくて怒ったする時がある。
例えば、
お菓子を買って欲しいとか。
抱っこして欲しいとか。
ワーワーギャーギャー要求を言われる時には、
親はイライラしてしんどい。
けれど本当は、
自分の要求を言えるって
すごく大事な事で。
時には、
言い聞かせて我慢させる。
その親子のやり取りが、成長させてくれる。
だけど、
話せない自閉症の人はコミュニケーションが取れない。
きっと、本人は思っていることはたくさんあるのに。
伝えれる手段が、
乏しい。
人間は人に伝えようという気持ちが芽生えない限り、いつまでたってもコミュニケーションの成長には繋がらない。
アラジンの
行動は、
なぜ?
どうして?の
連続だ。
このblogを書きながらも、アラジンの気持ちの部分は常に私の想像でしかない。
こうだったのかな?
っと常に妄想の世界。
間違っていることも多いと思う。
なんて難しい障害のだろうか…
っといつも悩まされる。
気持ちが伝えられたのならば、
今の癇癪が半分にでもなるだろうか。
伝えられない
もどかしいアラジン。
分からない
もどかしいパパとママ。
どちらもがつらかった。
帰宅は、
想像よりはスムーズだった。
帰ってからは暫く、
私は家事に追われた。
アラジンの様子は、
パパに見守ってもらっていた。
しかし、
やはり、
電車の音で怒り出した。
ああ…
またか。
やっぱり…
そんな言葉が頭をめぐった。
怒り散らしたアラジンは、
再び私に唾を吐きかけにきた。
私は即座に、
食器の棚のコップをとった。
ここに吐くようにと、うながした。
唾を吐くことを
止めるのではなく、
ここにだけはOKというルールにしたかった。
ここまで荒れたら、
注意したり
阻止したりすることを
止め
なるべく、アラジンの精神の負担にならないようにするための策として考えた。
放課後デイの施設長とも、
ストレス軽減の対応をするという話になっていた。
しかし、
どうしても私に吐きかけるか
床に吐きたいようだった。
それがルールになっていたようで、
拒否された。
コップに吐く事は拒否されたので、
アラジンの口に私は手をおおい
手に吐かせた。
しかし、
それでは納得がいかないようで
もう一度床に吐いた。
そして暫く、
アラジンの怒りは続いた。
とにかく、
ベランダに行くことだけは是が非でも阻止した。
場面転換させるために、
パパにお風呂にアラジンを入れてもらった。
入っているうちに私は、
癇癪の原因となっていた出窓を電車を見えなくするために段ボールで急遽ふさいだ。
テープの貼り方が、
どれだけ焦っていたか
理解して頂けるだろうか。
お風呂を上がってきてからは、
暫くは段ボールを取れとパパに頼んでいた。
私に頼んでこない。
ママは言うことを聞いてくれないと、
理解しているようだった。
寝る間際まで、
ややこしさは続いた。
リスパダールが効いてきたのか、
座ったまま居眠りをしだしたアラジン。
その姿を見た時は、
正直…
やっと、
寝てくれた…
っと安堵のため息がもれた。
寝る前に、
パパさんとアラジンの今後の事を少し話し合った。
二人とも疲れきっていたので、
すぐに寝ることにした。
朝の起きてからの、アラジンの様子を考えると不安しかなかった。
続く→→→
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一台あると便利でした(^^)
色んなタイプが出てますね
blog読んでくれて、
ありがとうございます
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