40歳を越えて看護学校に入学し、浪人生活を合わせて6年間かけて助産師になりました。このブログは助産学校在学中から暗黒の新人助産師時代を経て現在に至るまでの記録です。
現在は、揺りかごから虹の橋を渡る一歩手前まで、幅広い年代の方に向けた性教育を行っています。同時に、山形県の慢性期病院で看護師としても働いています。
ご縁が繋がった方、読んでください。
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本日2月12日は、私 阿部ゆう子にとってのスーパーヒーロー✨である父の誕生日だ。
正直、忘れていた💦
夫が教えてくれて、電話したのだ💦💦
私は記念日的なものにあまり興味がない。
この傾向は年を重ねるごとに顕著になっているようだ。
しかし、父はもっと凄いというか、ヒドイ。
忘れるのではなく、最初から覚えていない。
父はおそらく、生涯で自分の子どもや妻、両親を含む誰の誕生日も正確に把握しないまま人生を終えるものと思われる。
子どもの頃から何度も、父からの電話で提出書類に記入するための、私を含む家族全員の誕生日を教えた記憶がある。
覚える気がないから覚えられないのだろう。
記憶力は全くスーパーではないようだ。でも大好きさ♥️
そんな父も今日で83歳となった。
まだ年齢の割りには元気なようだが、どんなに頑張ってもあと20年は生きられないだろう。
そして、私は多分20年後まだ生きている。
最近、思い出の品について素敵なブログを拝読する機会があった✨
スーパーヒーローとの思い出の品……形見の品として実家から持ち帰るとしたら何が良いか考えてみた。
腹巻きしか思い付かない。
私の記憶の中でもかなりヨレヨレで、元の色がどうだったかもわからない代物だった。
イメージとしては、バカボンのパパがいつもお腹に巻いている腹巻きを想像して欲しい。アレとソックリだ。
夏になるとパンツ一丁 + 腹巻きで父は寝ていた。余りにも愛用している様子が、当時子どもだった私の心にも何か感じるものがあったのだろう。当時小学生だった私……40年も前なんだな💦は質問した。
私「その腹巻きどうしたの❓️」
父「昔の彼女に編んでもらった」
私「へえ、好きだったの❓️」何を聞いとるねん
父「うん」
私「何で結婚せんかったん❓️」
父「……」
あの腹巻き、今も現存するなら引き取りたいと思う。何故なら、他に何も思い出せないから。
明日も明後日も楽しみな予定が入っている
本日夜勤明け。
明日、明後日連休の阿部ゆう子でした♥️
今でしょ、今
女性の皆さん頭の片隅に
それでも人生は楽しい
