~40代ぷりんごの 記憶力と体力の限界への挑戦!私は助産師になりました!だけど看護師として楽しく働いています✨そして再び助産師として走り出しました♥️~
先日、前々から楽しみにしていた、
職場の同僚と焼き鳥食べに行ったよ。
実に約3年ぶりに夜の街へ出掛けた。
スッゴク楽しかった![]()
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コロナ渦で医療従事者のくせに
けしからん💢
的なご意見は求めておりません。
お盆が過ぎて、
世の中が通常営業になっている。
何気に1年前って、何してたっけ
❓️
と思って、自分のブログを読んでみた。
暗黒の時代②やったわ。。。
助産師として再就職した2つ目の職場を
イビり出された直後やった![]()
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こうやって振り返ってみると、
私は猛スピードで
良くなっている✨
たった1年で
楽しい職場でヘマをしながらも、
何とかお役に立てる看護師になった
✨
まだまだ勉強中やけどな
助産師として性教育活動を開始した![]()
まだまだ勉強中やけどな
自発的に仲良くなりたい人に出逢えた![]()
飲み会楽しかった
暗黒の新人助産師時代を
自分なりに解釈をしてみた。
「全ての経験に意味がある」
その視点から紐解いてみたよ。
まず、
最初の大学病院での経験について。
もし、ここでの居心地が良かったら、私は今のタイミングで性教育について活動を始めることはなかったはずだ。何となく定年まで勤めてお腹一杯になってしまったように思う。
そして、兼業主夫と不動産屋を始めてもいないと思う。少なくともあのタイミングではない。
何よりも、
大学病院に採用が決まらなかったら、
今の居住地には絶対にいないと思う。
結論:今の居住地に来て、あのタイミングでこの場所で不動産屋を始める為に大学病院で働いて辞めることになっていた。
そう考えると、今の居住地に来る前に、北関東の助産師学校に合格した(そこ以外全滅)ことも、その前に一浪したことも意味があるように思える![]()
兼業主夫はどこにいても
不動産屋を始めたと思う。
私もどこにいても助産師になったと思う。
でも、何かひとつでも状況が違えば、
絶対に北日本に来ることはなかった。
今の居住地に来ることに
意味があったとする。
そうだとすれば、
何か大切な人とのご縁に繋がるために、
ここに来たように思えて仕方ない。
愛とか恋とか友情とかを越えたヤツ。
やりたいことを通じて、
自分も自分に関わる人も良くなって、
結果として世の中も良くなるようなことを、
一緒にやっていける同志みたいな人に。
私は性教育。
兼業主夫は不動産屋。
良いことの循環を大きくしようとすれば、
ひとりの力では限界がある。
この土地で逢うべき人に逢って、
大きく良いことを廻して、
早く懐かしい場所に帰りたい。
早く帰らせてくれよ、兼業主夫❗️
ここまで来て他力本願かよ
今夜は夜勤。
これからお昼寝するぷりんごです![]()
