~40代ぷりんごの 記憶力と体力の限界への挑戦!私は助産師になりました!だけど看護師として楽しく働いています♥️~
現在、地元西日本に
帰省中のぷりんごです![]()
実家には泊まらず、車で1時間弱離れたホテルに滞在中。諸事情により実家ではなくこのホテルで、両親と妹家族とぷりんご一家の計9人で夕食の席を囲んだ。
会っていた時間、2時間弱。
ぷりんごによる親族の観察結果。
母のボケ具合がかなりヤバい
💦
2年半ぶりの娘家族との再会。
ホテルでの食事。
それなりに構えてその場にいるはずである。
それであのオトボケ具合は、正真正銘のボケ老人に認定するしかないだろう。
繰り返し父に「今日はどうするのか、家に帰るのか」と聞いていた。やたらと会計のことばかり気にしていた。表情が無い。おしゃべりのはずなのに、ほとんど話さない。
食事は自力摂取できている。
トイレにも行けている。
多分、風呂にも入れるだろう。
父は予想を裏切り、元気な様子だった![]()
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若干耳は遠いが、頭は覚醒している。モリモリとよく食べる(肉類)。顔色も良い。目が力強い。ボケた母に対して優しい。車の運転をしている。趣味の将棋と卓球を続けている。
まだ自宅で両親のみでも暮らせなくはないだろう。本人たちもそれを望んでいるのだし、無理にどうこうしようとは思わない。
がしかし……う~ん……今から考える
💦
父との最初の会話。
「思ったより元気そうやん。もっと死にそうになってるんかと思ってたわ」
「おう。死にそうになっちょったけど、手術したら前より元気になったい~や」
母との会話(食事の終盤)。
「熱いお茶とかコーヒーとかいる❓️」
「熱いお茶がいいねぇ」
父は薬をきちんと飲み続けることができれば、もう少し遠くまで飛べるだろう。私はそのことがとても嬉しい♥️
母はもう、余計なことを言う元気も無いので、短時間会うだけなら私をイラつかせることもない。それでも一緒には暮らせないと思った。母の世話をしようとは思わない。それがお互いのため……いや、キレイゴトは止めよう。私のためだ。
ぷりんごの今思うこと。
「やはり腰をいれて、
助産師活動の準備をしよう
」
人は誰でも確実に年老いて死んでいく。元気で動ける時間は私にもそんなに長くは残っていない。死ぬときに後悔しないようにしたいものだ。
