~40代ぷりんごの 記憶力と体力の限界への挑戦!私は助産師になりました!だけど看護師として楽しく働いています♥️~



今日も、忙しかったぷりんごです真顔


最近、余裕のある日ってないなぁ。。。




先日の夜勤で、息子さんが関東から駆けつけてくれた爺ちゃんの話を投稿させていただいた。


今日は、もう一人のお見送りをした婆ちゃんの話をしたい。


その婆ちゃんは、昨年末に入院してきた。

意思疏通はできないが、今すぐ命が危ぶまれる状態ではなかった。このまま長い間この病院で過ごすタイプの患者さんだと私は思っていた。



婆ちゃんが入院してきて約1ヶ月後、婆ちゃんの旦那さんが入院費を支払いに来た。その時に旦那さんはこう言ったらしい。


「いつまで生きるんですか?あと3ヶ月って前の病院で言われたんですけど」


この言葉は、もっと長生きして欲しいという愛の元に発せられた言葉ではない。

親戚にもあと3ヶ月って言ったし、長生きされたら困ると言ったそうだ。

あれから半年近くが過ぎて、いよいよ具合が悪くなった時も、「完全にモニターの値がゼロになってから連絡を下さい」と何かで連絡をする度に言っていたらしい。


それでも私は自分が聞いた言葉ではないし、正確なニュアンスは違うかもしれないと思っていた。


だからゼロになる前に旦那さんに連絡をした。

「いよいよなので、

来ていただくことはできますか❓️」

時間は深夜の1時過ぎだったと思う。

携帯を4回くらい鳴らしたところで旦那さんは電話に出た。推測だが自宅でお酒を一人で飲んでいたのだと思う。

「う~ん、行けないなぁ。迎えに行くのは次の日くらいでいいの❓️」


「タクシーって御存知ですか❓️」

とは言わなかった。


「走ってこいや❗️」

とも言わなかった。


「ダメです。今は無理でも夜が明けたらすぐに来てください。」

旦那さんは不満そうだった。


婆ちゃんはもう何時間も、酸素の値が下がったところで私が痰を吸引して少し数値が戻るというのを繰り返していた。

酸素の値の下落幅はどんどん大きくなり、回復幅は小さくなっていた。

それでも心臓は弱々しいけど、規則正しく動いていた。


ぷりんごは思ったよ。

「私がこの状態で吸引して

            何の意味があるのか❓️」


少しは長く…それでも1~2時間、長く生きることに何か意味があるのか❓️

私が吸引をしてもしなくても朝までは持たない。

旦那さんは来ない、誰も来ない、会わせる人もいない。私がイタズラに生の時間を引き伸ばしても、婆ちゃんは無駄に苦しいだけじゃないのか❓️


旦那さんに電話した30分後に婆ちゃんは亡くなった。私と当直医で死亡確認を行った。



婆ちゃんは健康上の理由から、2人目の子どもの出産後からほとんど家族と暮らしたことがない。だから旦那さんは、もう20~30年もの間、一緒に暮らせない妻の入院費なり生活費なりを負担してきたのだ。離婚しようと思えばできたのではないかと思う。2人の子どもはこの旦那さんが立派に育てあげている。


最後の最後で薄情だとは思う。ポーズでも会いに来て欲しかったし、速やかに迎えに来て欲しかった。でも、この旦那さんも何十年も1人で頑張ってきたのだ、きっと。「肩の荷が下りた」そう感じていたとしても、誰も責めることはできないとぷりんごは思った。



ぷりんごの今思うこと。

「人は生きてきたように死んでいく真顔



婆ちゃんにも旦那さんにも罪はない。

ただ、お互いが孤独だったのではないだろうか。




ちびぷりんご3歳の絵画にやり
タイトルは「どんぐりさんだいしゅうごう」


明日もお仕事のぷりんごです真顔