昔、どん底の時代がありました。

 

 

こんなに不幸が続く?と思うくらいに

次々といろんなことが起こりました。

 

 

人は本当に辛い時や、

酷い不幸の中にいる時には、

目の前しか見えなくなります。

 

 

今あることや、降りかかってくることに

対処する事で精一杯だからです。

 

 

けれどもその状態が続くと、

まるで自分が元からそうだったみたいに

思うようになるんです。

これが不幸の一番怖いところなんじゃないか、

私はそう思います。

 

 

 

 

 

あの頃の私は「自分は無力だ」と思っていました。

外の世界は、まるで井戸の底から

見上げてるみたいに、遠く高い所に小さく

見えていました。

 

 

到底、手が届く訳ないと諦めるくらいに。

 

 

でもねぇ、無力なんかじゃなかった。

 

 

『このままなんて嫌だ!』

そう思うことが全ての始まりで、本当は

どんなに深い井戸の底からだって這いあがる力、

いやいやそんなものじゃなくって、

井戸ごとぶっ壊すくらいの力を持っているんです。

それはどんな人でも。

 

 

なのに、無力だと思わされたのか、

はたまた思いたかったのか、どっちにしても

一時的になかったことになってただけ。

 

 

今の私は、やりたいことをやって、

行きたいところにいってるけど、

それができる自分だったことに気づいちゃったし、

思い出してしまっただけで、

中身はどん底の頃とそんなに変わってないよ。

 

 

 

 

 

 

だから、まだ思い出せてない人をみると

言いたくなってしまう。

「あなたは本来、もっとすごいんだよ」と。

 

 

あの頃、それを言ってくれる人がいたら

もっと早くに思い出せたのかな

と思うから。

 

 

人生は楽しいことで溢れてる

 

 

そんなことを、上辺だけじゃなくて、

心から思っているという今の自分を

あの頃の私は、想像すらできなかったよね。

 

 

でもね、想像すらできないくらいに

人は変われちゃう。

 

 

新しいものを付け足すんじゃなくて、

本来のあなたに還るだけで。

 

 

 

 

 

 

 

星8月によく読まれた記事星

 

 

 

 

 

 

 

 

ブログには書けない裏話をLINEで配信中

無料相談やお話会のご案内は

LINE公式でご案内しております

 友だち追加

 

  

 

 

 

 

 

マツウラレイコの人生ストーリーはこちら

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大阪から帰りました。

 

 

 

 

 

 

実は、ちょうど期間中だった「フェルメール展」

に申し込んでみたのですが何度トライしても

全部落選!

 

 

なので、なんばグランド花月の、漫才と

新喜劇の公演のチケットを取りました。

 

 

 

 

なんばなので、ディープ大阪っぽい場所が

あちこちにあっておもしろい。

やっぱり大阪はエネルギッシュだなぁ。

 

 

街をぶらぶらした後は、有名な「わなか」で

たこ焼きを食べて、「千とせ」で肉吸い

というものも初めていただきました。

 

 

 

 

 

 

 

お出汁がすごくきいてて、たっぷり入ってる

牛肉も臭みや油っぽさがなく、うまみだけで

ほんとにおいしかった。

大阪っておいしいものがいっぱいですよね。

 

 

 

 

 

 

そしてNGK(なんばグランド花月)の

入り口ホールに入ると「この人多分知ってる人だ」

と瞬時に思う方をお見掛けしたので会釈したんだけど、

通り過ぎてわかったのは、なんと中田カウスさんでした!

昔のテレビの力って偉大だな。

 

 

お席は1列目、だけど端から4番目。

ライブで言うところの見切れ席っぽい席なので、

何組かの漫才の方が、こっちを見ることは

なかったんです。

 

 

でもトリと大トリの、カウスさんと桂文枝さんは

違いました。端から端までそして二階まで

見渡されました。

なので嬉しくて、小さく手を振るとお二方とも

振り返してくださって、文枝師匠なんて終わる時に

わざわざこっちを確認されて、また手を振ると

何度も振り返してくださいました。

 

 

そして内容も、話し方も、お客さんの巻き込み方も

別格でした。まあ、当たり前ですけどね。

カウス師匠なんて、お一人になられてからは

漫才の審査員としてのイメージだったんだけど、

もうね「話術」ではなく「話芸」だわ!

と感動したんです。

 

 

 

 

 

新喜劇も座長のすっちーさんの、

全体を見ながらまとめて、引っ張っていく力が

素晴らしいいなとこちらも感動でした。

 

 

 

すごい人だから長く続けられるのか?

長く続けたからすごくなるのか?

 

 

恐らくどっちもあるんでしょう。

でも技術の根元にあるものって、やっぱり

人柄なんじゃないかな。

と、客席への目配りを見ながら思いました。

 

 

 

 

 

 

到着して大阪駅に着いた時に、エスカレーターで

登っていて、女子高生や男性会社員が3回、

カバンをガツンッとぶつけて追い抜いて

行きました。まあまあ痛かったのよ。

 

 

そこで自分がいつものように左側に立っていた

と気づきました。関西では右なのにね。

 

 

 

 

 

 

こういう小さな違いにも、

「ああ、違う場所に来たんだな」と感じます。

 

 

 

遠くに場所を移すと、物理的にも視点が変わる。

そしてどこに行っても新しい気づきや感動、

おもしろいなと素直に思えること。

 

 

学べることっていくらでもある。

そしてすべてを楽しんだもの勝ちなんだと

思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

星8月によく読まれた記事星

 

 

 

 

 

 

 

 

ブログには書けない裏話をLINEで配信中

無料相談やお話会のご案内は

LINE公式でご案内しております

 友だち追加

 

  

 

 

 

 

 

マツウラレイコの人生ストーリーはこちら

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




大阪に来ています。



私の推し、C&Kの年に一度のライブ

「水掛けまつり」に行くためです。



「水掛けまつり」に初めて行った四年前、

とんでもない量の水が容赦なく

降り続けることに、最初はとても驚き

(だって頭からずぶ濡れは良くないことだ

という常識がありましたから)



でも、その常識を超えた絶え間ない水に、

そのうち笑うしかなくなりました。

それでも浴び続けている内に、今度は

「楽し過ぎて死ぬ〜!」と浮かびました。





ステージの上には、どうしたらもっと

楽しんでもらえるんだろうと、

本気で、全力で、考えてくれるアーティストがいる。

大げさではなく、命を削るくらいの勢いで。



その本気のエネルギーがこちらに

届かないわけないんですよね。




そしてね、思い出したんです。

この感覚、子供の頃に感じたことあるぞ、と。

なのにいつからか、感情さえも自分で

ここからここまで…と、まるで

陣取りあそびのように制限を掛けてたんだろう?







昨日の朝は、四時に目覚めました。

まるで遠足に行く日の子供みたいだな、

と思いました。

そして、そこからnoteとアメブロの記事を

それぞれ書き上げて投稿したんです。

わくわくする気持ちのままで、

せっかく早起きしたんだからやっちゃおう、と。



でもね、同じ場面でも例えば、

「なんで出掛ける日なのに起きちゃうんだ」

と、気分が落ちたりむしゃくしゃする人も

いるはずです。



そしてその反応は、一度だけではなくて、

いつもそう、

つまりこの人のパターンになっているから、

この人の人生は、

いつも「悲しくなること」か、

「ムカつくこと」が起こり続けるもの

になってしまうんですね。



恐らく、その人にも私にも目の前では、

同じようなことが起こっているのかも

知れません。

ただ、拾っているものが違う。



つまり、あなたという存在の奥深くにある

前提が人それぞれ違うんですよ。

そして、この前提は強力なのです。






でもね、その前提はどこかの誰かに

永久に埋め込まれたものではありません。

これまでの経験の中で自分の中に

できあがってきたものです。

だったら自分で変えていくこともできる。



だから、意識の奥深くに入っていって、

前提を変えてしまうということも

できてしまうんです。

自分が本気で変えると決めたのならね。



私の制限を外してくれた水掛けまつり、

昨年は1日で16トンの水を使ったそうです。



真冬の滝行より、こっちの方が

よほど当たり前を壊してくれるなと

私は思っています。



でも、そんな訳ない!

あの厳しさに耐えてこそ変われるんだ。

と思っている人もいます。



そうすると、、この人の人生は

成長したい時には必ず、

耐えなければいけない状況が起こる、

に、なっているんじゃないかと思います。

 


制限を超えるくらい楽しいことで

変わるという方法もありますよ。

 

 

 

 

 

 

ブログには書けない裏話をLINEで配信中

無料相談やお話会のご案内は

LINE公式でご案内しております

 友だち追加

 

  

 

 

 

 

 

マツウラレイコの人生ストーリーはこちら

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうしても、ここだけはわかりたくない。

 

 

そんな思いを持っている人が殆どなんです。

例えば、きっとこう思われているに違いない、

と思い込んでいる場合。

 

 

だけど、その人の中に入って確かめることが

できない以上、それはただの妄想でしかないんです。

だったら、そこから離れたら?

そう言っても、どうしても離れられない。

 

 

「どうしてもだめなんです」

そう言うけど、それって離れられないんじゃなくて、

”離れたくない”なんですよ。

だって誰もそれをあなたに強制できないじゃないですか。

 

 

でもね「だから、はいおしまい!」というものでもなく、

あなたの意識の奥深くに、もしかしたら、

強制してくる何かが存在してるのかも知れません。

 

 

 

 

 

 

 

私は、こういう時にその人の意識が構造として

見えています。

 

 

今、こういうことが起こっているのなら、

原因となるこんな出来事があったはず。

そしてここからこう繋がって。。と

全体像がもやの中からはっきりと浮かび上がって

きます。

 

 

つまり、離れたくない原因のところまで遡って

そこから今までを、こんどは今の現象から

逆方向に見ていってるんです。

 

 

そうやって今のその人が、どうしてそこから

離れたくないのか、その理由も見えてきます。

 

 

「どうしても、ここだけはわかりたくない」

そう思ってしまうこと自体を、私は悪いことだとは

思っていません。

そこまで頑なに守ろうとしているのなら、きっと

その人なりの理由があるからです。

 

 

過去のどこかでそう思うことで自分を守れたのかも

しれないしね。

 

 

ただね、その仕組みが見えてきたあとも

「でも私はこうだから」

「どうしても無理なんです」

と、ずっとそこに居続けるのかどうかは、

また別の話です。

 

 

 

 

 

 

過去に作った考え方は、その時のあなたを

守るためには必要だったのかもしれない。

 

 

でも、

今のあなたまで守ってくれるとは限らないんです。

むしろ今では、あなたを前に進めなくしている

のかもしれない。

 

 

だったら一度、

「本当に、今もこれを持っていたいのかな?」

と自分に聞いてみたらいいと思うんです。

 

 

手放せない自分を責める必要はない。

 

 

でも、手放さないことを選び続けることまで、

過去のせいにはできないからね。

 

 

自分の中で何が起こっていたのかが

わかった後には、やっとそこで、

 

 

これまでと同じものを選ぶのか、

それとも違うものを選ぶのかを、

 

 

自分で決めることが出来るという自由を

手に入れられたんだもの。

 

 

 

 

 


 

 

ブログには書けない裏話をLINEで配信中

無料相談やお話会のご案内は

LINE公式でご案内しております

 友だち追加

 

  

 

 

 

 

 

マツウラレイコの人生ストーリーはこちら

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あっという間に8月も終わりそう。

 

 

今年は、一週間は三日だったっけ?

と思うくらい日々が早く過ぎていきます。

 

 

という話をしたらある方が、

「年齢と共に早くなりますよねぇ」と

言っていたんですけど、ですけどね。

 

 

これには二つ、良くない考え方が入ってるな、

と私は思うんですね。それは、

 

 

ひとつは、

自分が年を取ったと敢えて自分で烙印を押してる事。

もうひとつは、

自分の当たり前の範囲内で処理してしまってる事。
(「それってこういうことでしょ。知ってる」
という思考の仕方です。)

 

 

 

 

 

 

 

これ、ん?とも引っ掛からないくらい

小さな思考なんですけど、
こういう「知ってる」で毎日を処理することを

わかりやすく拡大すると、

 

 

おばあちゃんが縁側でお茶飲んでる所に誰か来て、

「今日、こんなことがあってさぁ」と

目をキラキラさせながら報告してるのに、

「へ~」といいかげんな相槌打ってるだけ、

という状態。

そしてその毎日がただただ続いてるだけよ。

 

 

これ、どう思います?

「楽しそうー!」と思ったとしたら、

そのままで大丈夫。でもちょっとでも、

「そんな毎日かぁ。。」と感じたのなら、

縁側から降りて、目線を変えてみたらいいよ。

 

 

私ね、知らない場所で目的地まで移動すると、

帰り道に元いた場所へのルートがわからなくなる

ということがよくあるんです。

だから、目的地に行きながら振り返って景色を、

帰りに見るであろう景色を何度か目に焼き付ける

ということをやっています。

 

 

 

 

 

 

 

こうやって、同じ場所だって見る方向が

違うだけで全く違うものに見えちゃうと

何度かの失敗で知ってしまったから。

 

 

でもね、

毎日同じ場所で同じことをしてるとしても

視点を変えるだけで、今までと全然違う景色が

見えることだってあるんだから。

 

 

そんな小さなことが、あなたの

楽しい未来への最初の光に

なってくれることもあるからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

ブログには書けない裏話をLINEで配信中

無料相談やお話会のご案内は

LINE公式でご案内しております

 友だち追加

 

  

 

 

 

 

 

マツウラレイコの人生ストーリーはこちら