少年少女期は、おとなの影響が大きい時期だ。子らを尊重するおとなが欠かせない。


 小学生の春馬さんにとって、映画「森の学校」は、原作の河合雅雄さん、マネージャーの木村さん、監督、共演者に恵まれた、良い作品となり、春馬さんの健全な成長を促したと思う。


 中学生の春馬さんにとって、国営放送の朝の連続ドラマ「ファイト」も、共演者に恵まれた作品だと私は思う。


 ネットで、春馬さんを中心に編集された番組を観る前に、春馬さんと2人の共演女優さんによるトーク番組を観た。


 声変わり前のシャイな少年が、いくつか歳上の女優さんと話している。打ち解けるまでに何ヵ月かかかった、とも話している。


 伸びやかな少年と少女たちだ。

 次に共演するなら、この少女たちとかぞくを演じたいという、少年の春馬さん。その気もちが、痛いほどに伝わってくる。


 女優さんたちは、撮影が進むなかで、春馬さんがみるみる成長して驚いたと話す。少女たちがドキドキしているようすが伝わってくる。


 確かに、番組のなかで春馬さん演じる少年は、優しいけれど自分に自信がない。自分の大切に思う少女をいちばんに考え、行動しながら、おとなたちに励まされて、自分の道を見つけてゆく。


 持ち前の春馬さんの思いやりと、他者とのかかわりのなかで育ちゆく力、こころから相手の幸せを願う笑顔が、番組を魅力的な作品にしている。


 この時の春馬さんの身長は、女優さんより少し高いぐらい。


 その後、おとなになった春馬さんと、共演女優さんが再会したラジオ収録での写真を見ると、背の高い春馬さんと、おとなになった女優さんが、懐かしそうに笑い合っている。


 こうした、幸いな時間のなかで、春馬さんはきょうも生き続けているはずだった。


 以前、少年の春馬さんが主役の、サーフィンを学ぶ少年と少女の映画もネットで観た。作品自体はほほえましいものであったが、メイキングを観ると、真夏の映画設定なのに、寒い時期に撮影されていて、少年少女が、出番待ちでガクガク震えていた。


 こうした少年少女への人権侵害が、当たり前のようになされていたしごと場だったことが分かる。


 他にも、少女であった岡田有希子さんは、自殺前に出演していたTV番組に対し、有希子さん自身が、とても疲れる撮影だと話している。


 お金になれば、少年少女が大切な成長期に、どうなってもかまわないのか。彼らを守るのが、所属する芸能事務所のはずであるのに。


 春馬さんの作品で、つらい役を演じる作品を、私は今も観ることができない。


 1996年から2020年までの春馬さんが出演した作品のなかで、春馬さんが自分から演じたいと望み、鍛練を重ね、これからの未来も、その役と共に成熟してゆくはずだった「キンキーブーツ」のローラを、春馬さんの所属事務所が作品化する責務があるはずだ。


 彼らがどんなにごまかしても、いま、春馬さんがこの世にいない事実は変えられない。


 少年の頃の思いを、どんなにむごい生活環境のなかでも失わず、鍛練して、唯一無二の存在となった春馬さんを、尊重しなければならない。


 それが、人間が人間であるということだ。