どうしても、このことに行きつく。


 目の前で、いのちを奪われそうなものがいた時に、見ぬふりするのか、助けようとするのか、ここで、生きる道が別れると思う。


 昨年亡くなった友人は、自然保護を続けてきた人だが、書いた文章を整理していたら、「力及ばずとも尽力す」「ひとりでも、できることをやる」とあった。


 この世を離れても、友人のことばが、生き生きと私に染みてくる。それは、いのちのつながりを大事にして、友人が自分を励ましながら生きてきたこと、そのものだからだと思う。


 このごろ「引き寄せ」ということばが、いろんなところに行き交っていて、つらい立場に追われたものたち(人間だけでなく)を、どうするのだろうと思うことがある。


 人権侵害や、他種が安易に殺されることは、人災だ。それを、波動が下がるから遠ざかっておこう、というのであれば、自分が突然、こうした人災にあった時に、助ける人がいないということになる。


 ふだんは何とか生きてゆくことができても、生き死にがかかっている時には、他者の助けがどうしても必要なのだ。


 春馬さんも、れいちぇるさんも、私の友だちたちも、もっと多くの助けがあれば、今、共に、笑い合って生きていると、私は思う。


 生きものとしての尊厳を、一人ひとりが守り生きることができたら、人災は減り、かけがえのないものたちを守ることになるのではないだろうか。