不測に立ちて無有を遊ぶの説明しますw | あんとみ的 ことば ころころ たまむすび

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どうぞよろしくおねがいします。

前のブログの説明ねw

ほぼほぼコピペ(;^_^Aで

許してねm(_ _)m

そして、長いわよw


「100分de名著・荘子・第2回・受け身こそ最強の主体性」

講師は作家で僧侶の玄侑宗久(げんゆうそうきゅう)氏。100分で名著荘子


荘子は、受け身の生き方に

自由で主体性のある生き方がある、

と説いた。
現代では受け身は

自由を失った消極的な

生き方とされている。

それとは逆の荘子の思想には

ハッとする新鮮さを感じる。

それは脳科学でも

証明されていることで、

人は外からの刺激を

受けなければ行動できない。

受け身と幸せの関係。
奈良時代は、幸せは

「為合-しあわせ」と書いた。

「天が為されることに合わせる」

運命に従うのが幸せとされた。

それが「仕合わせ」すなわち

「人に合わせる」ことが幸せに変化した。それは、荘子の

「受け身に生きることが幸せ」

と相通じる。

受身ばかりでは

主体性がないと現代人は考える。
荘子の考えは逆だ。

外因に対して受け身に、

直観に従って行動することこそ

主体的な生き方だと言う。

彼の言う「直観」は

深い知識に裏付けされたもので、

直観に従えば

正しい結果が得られる。

ちなみに、現代用語として汎用される

「主体性」は2300年前に

荘子が考えた言葉だ。

---「直観」は哲学用語で

「直感」と意味はほぼ同じ。

違いは「直感」から

私的な予断をより厳格に排除したもの。


荘子の名言

「不測に立ちて無有に遊ぶ」は

主体性を突き詰めることで生まれた。
意味は、

未来のことは考えたり計画したりせず、

今起きていることに対して

素直に行動すれば、

生き生きとした人生を

送ることができる。

この場合の「遊ぶ」は享楽ではない。

あるがままに直観的に、

無意識に行動することだ。
直観から派生する結果を

予測したり考えたり、

他と比べてはならない。

結果を否定したくなるのは、

客観的に他と比較して

劣っていると思うからだ。

比較することで、

結果や運命は

良くなったり

悪くなったりと揺れ動く。

主体性があれば、

仕事や生き方を

他人と比較したりはしない。

他と比較しなければ、

運命を素直に受け入れることができる。

そのように自然体で

全てを受け入れれば

人生は楽しくなる。

「遊ぶ」の本来の意味は、

そのように自由に生々と楽しむことだ。