先日はプリザーブドフラワーの体験レッスンに行って、とても幸せな時間を過ごすことが出来ました。

私は幸せを感じましたが、逆に花は幸せだったのだろうかと考えました。

 

プリザーブドフラワーは茎や葉の部分を取り除き、花の部分が加工されます。

特殊な液に浸して乾燥させるようです。

そしてフラワーアレンジをするときは、加工された花の部分に針金を刺して作製していきます。

 

先日のレッスン時、実のところ、花に対して罪悪感をわずかに感じてしまいました。

茎や葉を取られてしまって、特殊な液に浸されて苦しくはなかったのか、針金を刺されて痛みはなかったのか、本当は大地で生きたかったのではないかなどと作りながら頭の中で考えが巡っていました。

 

花にとって自然との調和として考えれば、本来の自然の姿が一番だと思います。

でも人間との調和として考えるのであれば、出会いと触れ合い、循環する意味で、加工され存在するという花の生き方もあると思いました。

 

自然との関係としてみた時、人間も自然の一部であり、花それぞれの意思によって存在する在り方を選んでいるのかもしれません。

 

人間が自分自身がどうありたいか、どのように生きたいかと考えるように、花にも意思や意識があって、どのように自然と調和して生きていきくかを考えて選んで生きているのかもしれないと思いました。

 

先日のレッスン出会った花は、大地に存在していたとしたら出会う機会はなかったかもしれません。

出会ってくれたことにより、自分自身も宇宙の一部として花が認めてくれたのかなとも思いました。

そう考えると涙があふれてきて、ずっと心を通わせていこうと思いました。

 

加工までされて私と出会ってくれた花たちに感謝します。