今日の横浜は雨で、とっても寒いサブッ


昨日お友達ブロガーの Fairyさん から
素敵なカードを頂いちゃいましたおぉ!




とっても可愛い素敵なXmas cardですツリー

最近、ぜんぜんブログにもコメント残せてないのに・・・
本当に嬉しかったですらぶ

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ Fairyさん 本当にありがとう゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚


今日もダンちゃんが出勤したあと 二度寝昼寝

起きたのはお昼ごろ。
それから掃除・洗濯。

ほんの少しずつだけど 普段してなかった細かい所の
大掃除も始めた。

給湯器や食洗機 冷蔵庫 食器棚 テレビに電話
他にもちょこちょこ。

まだまだやる所はあるけど ゆっくりやって行こうと思う。




私の母は完全な「うつ」を患っていた。

結婚前からその症状はあったみたいだけど 一番酷かったのは 
私が中学生 高校生の時。

学校が終わって遊んで家に帰ると 家の中はいつも真っ暗。

母はいる。
電気スタンドの明かりだけ点けて 布団で横になっていた。

もちろん御飯なんて作ってもらえない。
学校へ持って行くお弁当は父が作ってくれていた。

掃除もしないから家の中はいつも汚い。

それでも小学生の頃は母が具合が悪いと 姉と二人で掃除をしたり
買い物に行ったり手伝っていたが 大きくなって自分たちの時間が出来ると
それもしなくなった。

大きくなると純粋に母の具合の悪さを受け入れられなくなっていた。

「怠けてるんだ」と。

主婦業さぼって ただ寝てるだけ。
神経なんて ただの気の持ちよう。
自分にやる気があれば 行動に移せる。

その神経の薬をラムネに変えておくよ。
ラムネだと気が付かなくて飲んでも 効いちゃうんじゃない?

こんな言葉を母に浴びせてきた。

母は私が小学生の頃から水商売をしていた。

夜帰ってこない事もしょっちゅう。

だから私が中学生になって 寝込むようになっても そんな母の行動も許せなかったのか
母をたくさん傷つけた。

神経なんて 弱いヤツが病むんだと。



でも 今は分かる。


これは気の持ちようなんかじゃない。

地獄の底から気力と体力を奪われ ただ毎日を生きてるだけ。

死なないだけなんだ。


強迫性障害は小さい頃から患っていたけど 何とか20年間は元気な心でいられた
過去を思い出してみると この状態は「気のせい」なんかじゃない。

こんなツライ状態を家族の誰にも理解されず 味方でいて欲しかった父にまで
罵られ 母は孤独だったんだと思う。

だから 私が25歳を過ぎるまで 母の夜遊びは続いた。
毎週土曜日は当たり前で しょっちゅう家に帰って来なかった。



でも だからこそ そんな母を見て育った私は
同じようになりたくない。

どんなに心が体がしんどくても ダンちゃんを真っ暗で迎えたくない。

家の中のことを最低限はやっておきたいと思ってしまう。

病に苦しんでる本人がツライのは当たり前だけど
それを目の当たりにする家族のツラサも 私には分かる。

幸いダンちゃんは父の何倍も こういう病気を理解しようとしてくれてる。

ダンちゃん自身が疲れてるときは たまに私を見ててイラっとする時もあるみたいだけど
でも 私が気が付かないうちに根詰めてると
「あまり根詰めるな」と横からボソッと言ってくれる。

ダンちゃんは 私が発作を起こして救急車で運ばれるのを見てるから
なおさら心配してくれるんだろう。


最近の具合の悪さから 私は普通に接してたつもりだったけど
やっぱり私の態度がちょっとおかしかったのかもしれない。

夫婦間で微妙な空気が流れていた。

今夜から またもう少し心に余裕を持って接してみよう。

ダンちゃんのお陰で私は暮らして行ける。

もう一度 その事に感謝して またゆっくりと自分の体と心に向き合おう。