チャオチャオ~ 

キセキの人生を生きとる あたちの おともだちぃぃ~ (◕‿◡✿)

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ黙って いつもそばにおってくれる人

静かな淡々とした日常のキセキ

 

I Surrender !  愛され(て)んだ~ (笑)

 

 

 

親と一緒に過ごした年月の何倍もの年月を共にする相手

あらためて さかのぼって 俯瞰してみる機会になりました

 

ピチピチ ピッチンやった 20代

ちょっこと ヘタレモードになった 30代

人生の折り返しあたり 40代

アフタヌーンティのときに入ったことを実感し始めた 50代

 

あたち と あなた

あたちたちになっていく旅 を 始めたんや

 

すれ違い 勘違い ぶつかり 諍い 

家庭内別居をした日々もありました

泣いたり 笑ったり 金平糖のトンガリを 削られて

ずいぶん まぁるくしていただいた

 

あれから ン十年  かれこれ半世紀

びっくり しゃっくり まつぼっくり \(◎o◎)/

 

 

 

人生なるテラ ( 地球 ) 旅

どう過ごすか いろんな選択肢があります

 

時に 後悔すること 挫折すること もあります

けど それこそが テラ ( 地球 ) 旅の醍醐味であり

帰還土産となる宝物なんやと思うのです 

 

 

 

フェイスブック
トレンドニュース速報 様より



最初の妻と離婚して、
自分が「どうしてもこの人だ」と思っていた女性と再婚した

そして今になって、ようやくわかった
人間が本当に取り返しがつかないと後悔するのは、
手に入らなかったものじゃない。
自分を本気で大事にしてくれた人を、
自分の手で捨ててしまった時なんだと。

最初の妻と暮らしていた頃、

私はずっと彼女のことを「つまらない女」だと思っていた。

毎日、仕事から帰れば彼女は台所に立っていて、
食卓に並ぶのは煮魚とか、青菜のおひたしとか、
味噌汁とか、そんな普通の家庭料理ばかり。
見た目も華やかじゃない。

今思えば、それが どれほどありがたいことだったか分かるのに、

あの頃の私は、そういう静かな日常を見下していた。


私が友人と飲んで深夜に帰っても、
彼女は何度も電話をかけて責めたりはしなかった。
ただ、リビングの灯りをひとつ残して、
帰宅した私に黙って白湯を差し出す。
薬をそっと手の届くところに置いておく。

でも私は、その優しさを優しさとして受け取らなかった。
「気が利かない」「色気がない」「面白みがない」
勝手にそう決めつけていた。

その頃の私の頭の中にいたのは、のちに再婚する相手だった。
しゃれた服を着て一緒に出かけてくれる。
仕事中に甘いメッセージを送ってくる。
けんかをしても、どこか可愛げがある。
私はそれを「愛」だと思った。
こっちこそが、本当に人生を明るくしてくれる相手なんだと思い込んでいた。


離婚するまで、私は最初の妻の心をずいぶん傷つけた。
彼女は最初、私を引き止めようとした。
「暮らしって、派手さじゃなくて、少しずつ作っていくものだよ」と。

でも私は聞かなかった。
それどころか、彼女が私の幸せを邪魔しているようにさえ思っていた。

結局、私が家を出ていった。

息子の保護者会ですら、彼女ひとりに任せた。

離婚の日、彼女は自分の服と、息子の書類だけを持って出ていった。

そして最後に、
「これからは、ちゃんと子どものこと見てあげて」とだけ言った。
恨み言はなかった。
ただ、深く疲れた目をしていた。


あの時の私は、その疲れの意味すら分からなかった。
再婚して最初の二年くらいは、たしかに楽しかった。
欲しいと言われたブランド物も、無理して買った。
料理をしたくないと言われて 毎日のように外食した。

相手が
「あなたの息子、ちょっと べったりしすぎじゃない?」
と嫌な顔をすれば、私は息子を実家に預け、
会うのは月に一度か二度になった。

その時の私は、「これが自分の選んだ幸せなんだ」と思っていた。
でも、暮らしというのはごまかせない。
恋愛の熱が引いた後に、その人の本当の姿が出る。

私が風邪をひいても、再婚相手は生姜湯ひとつ作らなかった。
心配するどころか、「その咳、うるさくて寝られない」と不機嫌になる。

電気代や水道代の払込票がテーブルにたまっていても、
自分から片づけようとはしない。
「そういう細かいことって、男の人がやるものでしょ」と平気で言う。

母が入院した時もそうだった。
必要なものを届けてほしいと頼んだら、
彼女は友人とネイルサロンへ行った。
帰ってきて言ったのは、
「お義母さんには介護士さんがいるんでしょ。
 私が行っても別に変わらないじゃない」。

そこで 気づくべきだったのかもしれない。
でも 私が本当に目を覚ましたのは、去年の冬だった。


出張から戻った私は39度近い熱を出して、
ベッドから起き上がるのもしんどかった。
ただ、熱いお湯を一杯入れてほしい。
たったそれだけだった。
なのに彼女はリビングでショート動画を見ながら、
「自分で台所行けば?今ちょうど面白いところなんだけど」と言った。

その瞬間だった。
胸の奥を、何か冷たいものが突き刺した。
昔のことを、一気に思い出した。
私が体調を崩すたび、最初の妻は
薬と温かい飲み物を手渡してくれた。
夜中も何度も起きて、私の額に手を当てて熱を確かめていた。
大げさなことは 何も言わない人だった。
でも、してくれることは全部、本物だった。

あれは「地味」なんじゃなかった。
あれこそが、生活を支える愛情だったんだ。
ふらつきながら薬を探して、引き出しを開けた時、
そこに息子の写真が入っていた。
小学校の卒業式の日の写真だった。
真ん中で、すごくいい顔で笑っていた。

でも、その日 私は行かなかった。
再婚相手の買い物に付き合っていたからだ。
写真を見た時、ようやく思った。
自分は何を守って、何を捨ててきたんだろうと。
いや、違う。守ったつもりで、
実際には 何ひとつ守れていなかった。



その後、私は元妻に会いに行った。
復縁したいなんて、そんな厚かましい話じゃない。
ただ謝りたかった。

彼女は今、小さな花屋をやっていた。
店には息子が作った手作りの鉢が飾ってあって、
陽の光の中に立つ彼女は、昔よりずっと穏やかで、ずっと強く見えた。

今の生活のことを話しても、彼女は私を責めなかった。
皮肉も言わなかった。

ただ一言、
「自分で選んだ人生なんだから、ちゃんと生きていけばいいよ」と言った。

その言葉が、何より堪えた。
私はやっと分かった。
昔の私は、最初の妻の「平凡さ」を嫌っていた。
でもあれは平凡なんかじゃない。
あの人は、誠実さで生活を支えていたんだ。

一方で、私が飛びついた「華やかさ」は、
ただ表面が明るかっただけだ。
思いやりも、責任も、相手を支える覚悟もなかった。

暮らしは、甘い言葉では続かない。
見た目の ときめきだけでも続かない。
結局、人を救うのは、派手さじゃない。
静かでも、ちゃんとそばにいてくれる手なんだ。

ただ、自分が愚かな選択をしたら、
その後の冷え切った毎日を、自分で引き受けることになる。
それだけのことだ。


今、私は毎週息子を家に呼んで、一緒に宿題を見たり、
公園でキャッチボールをしたりしている。
自分で料理もするようになったし、
部屋も自分で片づけるようになった。
誰かが 当然のように世話をしてくれる、そんな考えは捨てた。


過去のことは、もう取り返せない。
傷つけた相手の時間も、失った信頼も、元には戻らない。
これから先を少しでもまともに生きるなら、認めるしかないんだ。

本当に大切な人というのは、
胸を高鳴らせてくれる人じゃない。
何も言わなくても、家の灯りを残してくれる人。

自分が倒れた時に、黙って温かい水を差し出してくれる人。
そういう人を、つまらないと切り捨てた時点で、もう間違っていたんだと。