チャオチャオ~ 

キセキの國・日夲に生まれた あたちの おともだちぃぃ~ (◕‿◡✿)

 

 

 

 

 

 

 

近年ね 。。。

思うておるのん 。。。

インターネットなるものが発達した おかげサマンサ (^^♪は

ぎょうさんあります

けど そのために失うていく 消えていく宝も

ぎょうさんある氣がしています

 

若い人の言葉は ・・・ 聞くに耐えんし

アナウンサーの言葉も ・・・ 憂える現状です

 

学生時代に 書籍をほとんど読んでこられんかったせいかな と

 

美しい日夲語は 縦書きにしてこそなのに

横書きになったために 言霊が宿らんものになりました

文字の羅列にすぎんなりました

ほんまに ・・・

 

はじめに言葉ありき です

言葉が 人格を形成して 育ててくれとるの

世界一の光透波 ( ことは )を賜っとるのに

使えんまんまで良しとするって 

悲しすぎます 。。。

自分のモノにせんまま 生きるって www

悲しすぎます 。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

様々な国を渡って思うのは「日本語は世界で一番難しい」ということ

 

どの国の言語も共通して言えるのは

アルファベットをつなげて初めて単語として意味を持つ

26個のアルファベットを覚えさえすれば

あとはそれの組み合わせで単語となり文章となる

 

日本語の場合はどうでしょう?

まず50個のひらがなを覚える

その次にそれと同じ読みの50個のカタカナを覚える

日本語もひらがな/カタカナの1文字に意味はありませんが

これが日本語にとってとても重要なカギとなる

なぜならそれは その先にくる数千の漢字の読み方となるから

 

まず、漢字は字自体が複雑

そして一文字に対し音読み訓読みがあり しかも一つずつではない

続く文によって読み方も様々変化する

 

また漢字一つ一つに書き方もある

トメ、ハネ、ハラエ、書く順番まで決まっているその一文字を

いかに美しく描くかということまで学ぶ(習字)

 

さらに 一文字一文字に意味がある。同音異義語も多い

漢字一つとっても とにかく多言語と比べ難解奇抜です

それが数千あるのです

 

日本では食用の可否含め魚介類にそれぞれ明確に名前(漢字)がある

これほど多くの魚に一つ一つ名前を付けている国があるでしょうか

これが日本の文化の一つですよね

言語と食文化がリンクしている一つの例

 

物の数え方も違います

英語だったら1つはoneです

しかし日本語はどうでしょう

 

例えば人を数えるとき1人です

豆腐を数える時は1丁 キャベツは1玉 明太子は1腹

お寿司は1貫 牛は1頭 ウサギ1羽 ブロッコリーは1株

お箸は1膳 船舶は1隻 家は一軒 ビルは1棟 神様は1柱

まだまだ無数にあります

数え方を見ただけで何を指しているのか日本人は主語を想像できる 

 

これら複雑な言語構造は複雑な思考を可能にする

言語の複雑さは より深く考える能力を形成し

 様々なアイデアを構造的に実現化する知恵も生む

これにより技術を含めた文化に一層深みを与える

 

日本人の先人たちは 日本語を編み出すことで

意味を読む文化として思考を練り上げ

発想や智慧をも後人に引き継いできたのです

 

 

そもそも言語は、人間が何をどう考え、どう記憶し、何を創造し、

何を未来に残すかを決める文化の設計図でもあります。

そして、上述の通り日本語は意味を読み解く言語ですので、

概念の理解力そのものが深く、それゆえに思考に奥行きがでる

想像力が豊かになる。

 

また、倫理や概念、強調、対照、因果といった抽象的なものの思考の幅も

無限に広がります。

日本語は形・音・意味の3つを同時に処理し、 考える力を養う稀有な言語です。

これにより森羅万象の情緒が生まれ、造詣が深くなり、

相手の繊細な感情を汲み取る特殊知能も含めて人格形成に影響を与える。

 

子供のころから日本語を話すことで、私たちはそれらを意とせず学んできました。常々、思考を伴いながら話すことを自然に行ってきたのです。

単に物事を伝えるだけの手段ではなく、

どのように伝えるのかを考える言語であり、

幅があるので言い回しはいくらでもある。

それらを使いこなすことは知の姿勢でもある。

これを背景に文化の芯をも脈々と伝えることができ、今も生き続けている。

日本語思考の明瞭さは、知性ある人間の質そのものです。 

 

 

つまり、複雑な言語にこそ宿る知性がある。

 

こんな言語、世界中に日本語しかありません。

それをいとも簡単に操る日本人の頭がいいのは当たり前とさえ思います。

 

 

 

英語のような簡単な言語を一所懸命学ぶより、

日本人はもっと日本語を深く追求するべきなのでは?と。

日本語の使い方を知らない、

或いは適切な使い方ではない日本人は大人でも沢山います。

 

美しく難しい日夲語を適切に話すことは

その人格を示す意味でも 大変需要用であると考えます

そして 日夲語を広く深く学ぶからこそ

日夲人は 明晰な頭脳や知能 情緒を育んでこれたのだと思うのです
 

 

複雑な言語が 複雑な思考を作る

これは逆も然りで

簡単な言語は 簡単な思考を作る

 

 

 

 

世界共通語としての英語の習得は必須かもしれませんが、

まだ小さなお子さんがいらっしゃる方は、

英語の前に日本語をちゃんと学ばせた方がいいと思います

 

日本語は頭にも良いし、

何より母国語をなくすことはあってはならないと思うのです

 

母国語の大切さについては以下の本に、なぜ大切なのか書いてあります

興味がある方はぜひご一読下さい