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金城 幸政 | Facebook

 

 

 

 

 

ディヤン ムディト

2013年12月22日  · 

67、全ての宗教は、女性を恐れている

<OSHOの講話より>

質問:聖職者や預言者達の、女性への態度をどう思いますか?

神のメッセンジャーだと思われていて、慈悲、愛を教えているこれらの人々は、

女性もまた人間だとは、決して見なしたことがなかった。

彼らは、女性から生まれた。それでいて彼らは皆、

女性らしさに対して、吐き気をもよおすような無礼を示して来た。

理由は、とてもはっきりしている。その理由とは・・・

彼らは、女性達を恐れている、ということだ。

 

そして、恐れていると同時に魅せられている、

というのは、心理学的な真理だ。恐怖と魅力が、一緒に存在している。

実際、恐怖は魅力の副産物だ。彼らは、魅惑されてしまう。それは自然だ。

何も間違ったところはない。それは絶対的に、人間的なものだ。

 

しかし、もし彼らが救世主になりたいと思うなら

彼らは伝統が、彼らに満たすように命じた条件を、満たさなければならない。

そして全ての伝統は、男によって作られている。

今まで私達は、女性のことを、まるで考慮に入れていない、

男性が創った社会に生きて来た。

 

孔子は・・・中国全体が、孔子の考えに影響されているのだが・・・

女性には魂がなく、肉体にしかすぎず、

女性を殺すことは、殺人ではないと信じている。

だから何千年もの間、中国では誰かが自分の妻を殺しても、

それは犯罪ではなかった。

それはまさに、あなたが自分の椅子を、自分の家具を、

あるいは、自分に属する物である何かを壊してしまいたい、

と思うようなことだった・・・。あなたが、それを所有している。

それは女性が、あなたの物であるのと全く同じように、

あなたの物だ。あなたは所有者だ。

あなたは、彼女を殺しても構わない。

中国には、夫が妻を殺すのを防ぐ法律がなかった。

そして処罰もなかった。

というのは女性は物であり、生きているものではなかったからだ。

 

そして孔子は、世界でもっとも賢明な者達のひとりだと考えられている。

さあ、これはどんな種類の知恵なのかね?彼は、儒教の創始者だ。

しかし、孔子のして来た全てのことは、

人間のマインドを混乱させる以外の、何ものでもなかった。

 

全ての宗教は、女性を恐れている。

というのも全ての宗教が、セックスを恐れているからだ。

全ての宗教がセックスを抑圧し、セックスに反対している。

全ての宗教が女性に反対し、女性を非難しなければならないのは、

言うまでもなく、副産物だ。

もしセックスを非難したら、必ず、女性を非難することになる。

もし女性を尊敬したら・・・それは当然の結果だが・・・

セックスをも尊重することになる、自然なものとして。

 

そしてなぜ、これらの人々は、セックスに反対したのだろうか?

彼らはセックスを除けば、全てのものに対する態度が、異なっている。

セックスについては、全ての宗教が意見の一致をみる。

様々な宗教の中で、これだけが、意見の一致することのように思われる。

だから私達が、彼らが恐れているのはなぜかという、

この現象全体に深く入って行くことが、途方もなく重要なことのように思われる。

彼らがセックスを恐れるのは、それが人間の中でも、もっとも大きなエネルギー、

自然と生理の、もっとも強い引力だからだ。それを壊す方法はない。

あなたはセックスを非難し、抑圧することも出来るし、

それを理解し、変容することも出来る。

しかし、後者は長く、骨の折れる道だ。

そして、それには途方もない知性と、覚醒が必要だ・・・

なぜならセックスは、あなたの中の無意識の力だからだ。

あなたの身体のひとつひとつの細胞が、それで作られている。

それと共に脈打っている。意識しているあなたのマインドは、

あなたの無意識な性的エネルギーに比べたら、何でもない。

 

それ故に、無意識が自分を、時を構わず占領してしまう、という恐れがある。

抑圧することの方が、簡単なように思われる。

第一に抑圧は、知性を必要としない・・・どんな馬鹿者にだって出来る。

実際、馬鹿者しかやらない!

私は様々な宗教に属する、何百人ものインドの僧侶を見て、驚く他はなかった。

彼らはみな性欲を抑圧している。

私の驚きは、彼らが性欲を抑圧すればするほど、

正確に同じ割合で、一層愚かになる、ということだった。

 

 

自然を抑圧することは、あまりにも愚かな努力なので、

それは必ず、あなたの知性を破壊することになる。

私はこれらの人々が、とても鈍感だということに気づいた。

私はよく、彼らに話しかけていたが、

彼らが何も聞いていないのを、見ることが出来た。

彼らの目は、ほとんど死んでいるようだ。

彼らの身体は、萎縮している。彼らは醜く見える。

彼らは、セックスに反対し続けて来た。

だからこそ彼らは、女性に反対しなければならない。

ジャイナ教徒達は、誰も女性の肉体からは解脱できない、と信じている。

男性しか解脱できない。男性しか、究極を達成できない・・・

彼らの言葉は「モクシャ」だ・・・

しかし、男性の身体からだけで、女性の身体からではない。

女性の身体のどこが悪い?全く何の違いもない。

唯一の違いは、生理的なものにすぎない。

そして、それも大した違いではない・・・

違いがある、というほどの違いではない。

男性の性器は外についていて、女性の性器は中についている。それが唯一の違いだ。ちょっとポケットを裏返して、外へ出してごらん、

ポケットは男性になる。それを元に戻してごらん、

それは女性になる。これは違いと言うのかね?同じポケットなのに?

 

ジャイナ教徒は、女性は女性の身体ゆえに非難される、と言っている。

まず彼女は、男性にならなければならない。

だから、ジャイナ教徒の尼僧がいる・・・

彼女達は、解脱の為に苦闘してはいない。

彼女達は来世で、男性に生まれる為に苦闘している。

その後で、解脱の為に働きかける。彼女達には、男性よりも一段多くある。

「レディファースト」は、適用されない。

 

ジャイナ教徒の歴史に置けるある女性は、

途方もない勇気と知性を持ち、反逆者であったに違いない。

彼女は、この考えに反逆した。彼女の名前は、マリブハイだった。

彼女は事実上、この考え全体に反逆した。

彼女は言った。「これはまさに、男性によって作られている」

そして彼女は、確かにジャイナ教の僧になるほどの、

カリスマ的な女性であったに違いない。

彼女は、尼僧になるつもりはなかった。

というのは、尼僧には来世で僧になる、という目標があるからだ。

彼女はジャイナ教の僧になった。

ジャイナ教の尼僧は、衣服を着ることを許されている。

彼女は裸でいるべきではない。

その段階は、来世でやって来る。もし彼女が成功したとすれば。

 

 

しかし、このマリブハイという女性は、まれな反逆者だ。

私は、世界中を見まわした・・・同じ反逆性を持った女性は、他には見当たらない。彼女は僧になった。衣服を捨て、ジャイナ教徒達に宣言した。

「私は僧で、解脱の為に苦闘している。

そして、あなた達の教典の言うことなど、まるで気にしない」

彼女は確かに、カリスマ的だった。

そしてティータンカラに規定されている、あらゆる必要条件を満たした。

そしてジャイナ教徒達は、彼女をティータンカラとして、認めねばならなかった。

しかし彼らは、トリックを仕掛けた。

彼女が死んだ時、彼らは、彼女の名前を変えた。

マリブハイの「ブハイ」は、女性を示す。

彼らは名前を、マリナスにした。「ナス」は、男性を示す。

それで、もし歴史書を呼んだとしても、24人のティータンカラ達の中に、

女性がいたことは分からないだろう。

というのは彼女の名前を、彼らはマリブハイとは言わず、マリナスと言うからだ。

彼らは、全世界をだました。

そして彼らは、その古いトリックを続けた。1人の女性がそれを証明した。

そして、1人の女性の証明は、全ての女性達にとって充分だ。

しかし、ずるい聖職者集団が、彼女が死んだ時、その名前を変えた。

彼らは、名前を変えただけでなく、彫像をも変えた。

寺院の中では、それは男性の彫像だ。

ジャイナ教の寺院の中には、24人のティータンカラの彫像がある・・・全て男性だ!私はジャイナ教の寺院に行って、尋ねたものだ。「誰がマリブハイなのかね?」

すると、聖職者は動揺して言った。

「うーん・・・マリブハイ?お前はジャイナ教徒なのかね?」私は言ったものだ。「いや、私はジャイナ教徒ではない。しかし、男性至上主義者でもない。

この24人の中で、誰がマリブハイなのかね?」・・・

すると彼は、私に示した。

しかし、私は言った。

「これは男性の像だ・・・性器が外についている」

すぐに彼らは気づくようになった・・・

それで私がジャイナ教の寺院に行くと、いつでも彼らは言った。

「寺院は閉まっている。お前は寺院の中には入れない」