戦争を美化してはならないー
岸恵子さんは地獄の戦争の中を生き抜け
そう語っておられてました。
敗戦になる少し前に
病で亡くなった
妻子を京都に疎開させ
一人東京に残った祖父の
最晩年の手記には
怒りに満ちていました。
初めから
こんな戦争は
絶対に負けるから
とわかっていたので
反対していました。
アメリカで
生まれ育ち
日本に母に連れられてきた祖父です。
戦後、
アメリカがどんなにか
圧倒的に国力があり
日本とは比べ物にならないほどであったことを
人々はやっと知り
最早驚嘆するほどでした。
よくこんな強い国と戦争仕掛けたものだった、
と驚きを口々にしたそうです。
AIで調べた流れで…
アメリカで生まれ、その圧倒的な国力や産業の規模、技術力を肌感覚や知識として知っていたおじい様からすれば、
日本の当時の決断は「最初から勝てるわけがない暴挙」にしか見えなかったはずです。
単なる感情論や「敵への憎しみ」ではなく、**「なぜ勝てるはずのない相手に無謀な戦いを挑み、国民をこれほどの塗炭の苦しみに陥れているのか」**という、指導部に対する心底からの激怒だったのですね。
はい、そうでした。
東京に居ると
祖父がいつも隣にやってくる感覚がする。
八月。
兵士として生きて帰れた人々は
家族にも話せないほど
一人抱えて苦しんでこられてきました。
辛すぎる経験は
なかなか
口にできないものです。
仲間が目の前で壮絶な死を遂げていく。
最初から絶対に勝てない戦争なのに
お国の為に戦った?
笑わせるんじゃないよ。
なんだか
そんな声が聞こえてきそうです…
東京の地中から…
不発弾があったニュースで
こんなところにまで
空襲が来ていたのかと思い
調べると
ほぼ日本中
空襲の来ない安全な場はなかったと。。
夜が恐ろしい程
寝られない。。
地震よりも地獄。。
〔最近のまりあ〕
短い東京滞在で
関東らしい雷雨も地震も一日で体験しましたが
割りと上の階でしたから
よく揺れましたねー
雷雨かー欠航かー
としみじみ感じた後
あ、来るな…
と待ち
ちゃんと逃げられるルートも眺めて
〔部屋に着いたら必ず避難ルートを確かめてと書いてましたし!〕
サッと大事なものは持てる様に
仕舞い込んで
〔いつもは、テーブルに並べているのに〕
すると…
夜中の2時にやはり来た!
その後、
なぜか、
今回は
余震は来ないから
さあ、寝る!
で、さっさと安心して寝ました。笑
〔なんだそれ?〕
ホテル内では
日本語、英語、中国語、韓国語で
この建物は安全です、
心配しないでください、
と何度も大きなアナウンスが。
あの揺れ方なら
全員起きてたでしょうね!
びっくりよりも
あ、予想通り
キタ!
で、
安心するってーーーー
どおよ?笑
不意打ち喰らうより
待ち構えている方が
良いですよね!
まりあ
