「完璧でない」という完璧さ | 愛する人を亡くしたあなたへ・死別を人生最大の愛に変えるRay塾

愛する人を亡くしたあなたへ・死別を人生最大の愛に変えるRay塾

2018年5月高1長女が突然の自死。
「死んじゃダメって残された側の都合だよね」という娘の声が聞こえ、娘を悪者にしないために幸せに生きることを決意。
死別の絶望→史上最高の自分を更新し続ける知恵を発信中。
愛する人との別れを人生最大の愛に変えるRay塾を主宰。

今日も天使の喜ぶ生き方を!

Rayです。

読んでくれてありがとう。

 

 

 

正しいのか、間違っているのか。

二元性の概念を生きていると、気になるね。

 

 

でも正しいも間違いもどちらもあることがすでに愛。

 

 

「間違っている」と他人に指摘する時、

自分の「正しい」が脅かされて不安なだけ。

 

 

自分の正しさを証明したいがために、

他人の正しさを変えようとする必要はない。

 

 

自分の正しさに不安があるなら、

じっくり自分と向き合うだけ。

そのために「間違っていると思えるもの」が目の前に現れただけ。

 

 

例えば、

「親のいうことを聞くのが正しい」と信じてきたからといって、

自分の子供が親のいうことを聞かないことを嘆く必要はない。

 

むしろ、そんな生き方もあるね!と子供から学ぶことができる。

気づくタイミングが来たから、出来事は起こるもの。

 

 

気づかなければ、いつまでもお知らせは来る。

要するに、言うことを聞いてくれない子供に悩まされ続けるわけ。

 

 

 

 

自分が完璧だと思いたい時、

自分のプライドを保ちたい時、

自分と違う人を拒絶したり変えようとしたりする。

 

 

でもそれは、自分が完璧だと本心では信じらていないから。

 

 

 

自分が完璧な存在だとわかっている人は、

 

 

自分が人と違うことを当然のように感謝する。

自分が自分であることに感謝する。

そして、

自分と違う人を見ても、本当の自分で生きている全ての人を素晴らしいと思える。

 

 

 

個性こそ、神様の一部を表現しているから。

完璧の一部なのだ。

もう私たちは生まれただけで完璧なのだ。

 

 

ただお互いに高め合うために生まれ持った個性。

影響し合うサンプルたち。

 

 

 

人間が考えた一つの「完璧」に自分を変えようとしてきた人は、

自分を卑下してる。

 

 

だからいくら「完璧な生活」をしていても、完璧な自分を経験できないのだ。

 

 

人の考えた「完璧」は、操り人形をつくる洗脳だもの。

 

 

自分で望んだのか、望まされているのかも区別がつかなくなった時、大いなる愛が救いの手が差し出される。

 

 

 

それは私の場合、長女が死んだこと。

心から悲しい出来事。

だから心を取り戻せた。

 

 

 

完璧でないことも、完璧。

宇宙ってすごいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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