「自分に責任を持つ」のと「自分を責める」の違い。 | 愛する人を亡くしたあなたへ・死別を人生最大の愛に変えるRay塾

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2018年5月高1長女が突然の自死。
「死んじゃダメって残された側の都合だよね」という娘の声が聞こえ、娘を悪者にしないために幸せに生きることを決意。
死別の絶望→史上最高の自分を更新し続ける知恵を発信中。
愛する人との別れを人生最大の愛に変えるRay塾を主宰。

Rayです。

 

読んでくれてありがとう。

 

 

とても大切なこと。

同じ漢字だからって混同しちゃダメだから。

ここに書いておきます。

 

「責任」と「責める」

 

 

自分に責任を持つことは、

自分を責め続けることではありません。

 

 

 

私も含め自死遺族は自分を責めがちですね。

 

私のせいだ。

私が・・・たら

私が・・・れば

私はどうせ・・・・だ。

 

 

そうでしょ?

やっちゃうでしょ?

あなたも私も、これやっちゃいますよね。

 

 

このクセは、

大事な人が死ぬ前からあるクセ。

 

 

私がこんなだから。

私がもっと・・・だったら、

私さえ我慢すれば、

 

 

こうやって自分を責めるんです。

 

 

自分を責めていたから、

自分を責めるような事件が起きる。

これは宇宙の法則です。

内側が外側に反映されるだけ。

 

 

責めないようにしないと、また起きるんですよ!

学習してないと、何度でも。

そんなの嫌です。

 

 

 

自分に責任を持つというのは、

クセに気づくってことなのです。

 

ついついやってしまうのではなく、

自分を丁寧に意思を持って生きるということです。

 

 

 

できない自分を責め続けなさいってことではありません!

 

この↓

 

私のせいだ。

私が・・・たら

私が・・・れば

私はどうせ・・・・だ。

 

 

を無意識にやっていたなら、

もう意識してやめよう!ってことです。

 

 

 

しかも自分を責めるのは表向きは反省や向上心。

一見賞められそうなこと、推奨されることに見える。

同情してもらえるし、慰めてもらえる。

だから本当にやめるのが大変。

 

 

それでいて裏では自分を貶める相手をちゃんと配役しているんです。私の場合は実母。

 

 

あの人のせいで、

私はダメな人間に育ったから、

だから、私のような人間はもっと〜しなきゃ、

我慢しなきゃ・・・

あの人の教育が悪いから、私は気づけない。

だから私のせいだ・・・

(本当はあいつのせいだけど)

 

 

しまいには、こんな風に実母のせいにする私は人間として最低だ!!とかね。

責める責める責め続ける。

もうエンドレス。

 

 

だから娘死んだんです。

私が自分のこと責める出来事が起こるってわけ。

 

 

宇宙はそうゆう仕組みです。

願望実現。

自分のこと責めたい願望。

 

 

だから「自分責め」を終わらせるために、

吐き出すんです。

嫌なこと、嫌な奴、遠慮なく。

それ全部自分に気づきたいだけだから。

 

 

わざわざ嫌な奴を演じてくれてるのに、それを拒否せず、自分のせいにしていると、宇宙はもっと強烈に伝える。

 

 

私はもう大切な人を失いたくない。

だから自分を責めるのはやめるんです。

それが自分の行動に責任を取るってことです。

 

 

自分はダメだと責めるのではなく、

自分が愛されているという事にいい加減気づこう。

 

愛する人は命をかけて教えてくれているんです。

そんなに愛されているのです。

 

 

ごめんねって謝ったら、許してくれます。

いつまでも謝り続けるのは、相手に許す器がないと言っているのと一緒です。

 

 

 

自分を責め続けるという事は、

命に対する冒涜です。

私はそれをやっていました。

だからやめます。

 

 

まあ、今も私は完全に克服したわけじゃない。

だからいつも娘が先導してくれてるんだし・・・

世話の焼ける親です・・・。

 

 

でも伝えなくちゃいけないから伝えてるよ。

恥を覚悟で。

 

伝わったかしら?

 

 

 

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