こんにちは。
エンジェルフォレストのヒーラー、
葉月です。

 

 

デヴィッド・R・ホーキンズ博士の
著書『パワーかフォースか』に
「意識のマップ」
というものがあります。


人間の意識状態を
1〜1000のスケールで表したもので、


200未満を「フォース」
つまり外側に依存し、消耗するエネルギー。


200以上を「パワー」
内側から自然に湧き出る力、
と分類しています。





そして「誇り(プライド)」は
意識レベル175。


一見、「誇りを持っている」って
ポジティブに思えますが、なんと
この分類では


フォース、つまりネガティブの領域に
属するとされているんですね。


なぜ「誇り」がネガティブなのか。
理由は、大きく3つあります。


一つ目は
誇りは「比較」を必要とするからです。


誇りは常に
「誰かより優れている」
「何かを成し遂げた」
という外的な根拠に依存しています。


だからその根拠が失われた瞬間、
崩れ去る危うさがある。


いつ、自分より優れている人や
自分より大きなことを成し遂げる人が
あらわれるか、わかりません。


だからどれだけ積み上げても
「まだ足りないかもしれない」という
不安が消えないのです。




二つ目は
誇りは「分離」を生むからです。


優劣で世界を見るから
ジャッジしています。


相手を見下すにせよ、
崇拝するにせよ、


相手と対等に心を開けないので
どこか孤独を感じる状態になるでしょう。


三つ目は
誇りは「非を認められない傲慢さ」に
つながるからです。


「誇り」の意識状態にある人は
世界に対して
常に身を守ろうとしています。


「自分が間違っていると認めたら
 自分の価値がなくなる」


という前提があるから
防衛的になり、
過ちを認めることが極めて難しくなります。


だから「誇り」の意識状態に
留まり続けると、
幸福を感じられなくなっていきます。





とはいえ、「誇りを持っちゃダメ」
と言いたいわけではありません。


誇りよりもさらにネガティブな
怒り(150)、恐怖(100)、
悲しみ(75)、無気力(50)
という段階がから抜け出し、


ついにポジティブな意識「勇気」へと向かう、
その最後のステップが「誇り」の意識です。


「私だってやればできるんだ」
と、誇れるようになるというのは


無気力や悲しみの中から
這い上がってきた人には
本当に、ものすごい変化なのです。


そして「誇り」を過ぎて
ポジティブな領域に
最初に足を踏み入れると、


「勇気」
のエネルギーに触れることになります。


これもものすごく深いと思うんです。


なぜなら、「誇り」の段階ではまだ
「間違ったら(失ったら)、
 自分の価値がなくなる」
という思い込みがその「誇り」を支えています。


でも「勇気」は
「なにも持たない私」
「間違いをおかす私」を
認め、受け入れる勇気ということだから。


「私は間違える。でも、だからといって
私の存在価値は消えない」
と思えるようになります。


それはもはや、他者との優劣の
比較で自分を支える必要のない状態。


だから誇りを手放すことは、
卑屈になることではなく、


自分の価値に気づいている
本物の安らぎへと進むことです。


そこから、
外の世界に振り回される状態が終わり、
人生はあなたを苦しめるものから
探求するもの、成長の機会を与えてくれるものへと
変わっていきます。


あなたがこれまで身にまとってきた
「誇り」という防衛スーツは
あなたがここまで生き延びてきた
証そのものです。


もう脱いでいい、と思えたとき
スーツの下にいた本来のあなたが
のびのびと、世界と交わり始めると思います。

 

 

 

 

 

 

*いつもお読みいただきありがとうございます^^*