つづきです。

鐘の音のかさなりを聞いているうちに、不意に、
自分の体がどこかへ運ばれていくような感覚に陥りました。
よく、昔しょっちゅう聞いていたCDを久々に聞くと、
瞬間的にまるでその当時に戻ったかのような
感覚になることってありますよね?

ちなみに私は、小学校の時、「お昼の放送」というのが
給食の時間にありまして、そのテーマ曲がビゼーの
「アルルの女」のメヌエットだったんです。

なので、いまだにあの曲を聴くと、給食室の匂いとか、
厚い牛乳瓶のふちの感触とか、脂っぽくて冷めかけたスープとか、
小さな木の机と椅子に座っている感じとかを思い出すのです。
当時の給食はあんまりおいしくなかったなあ。
食器も全部ゆがんだアルミのお皿だったし、
なんでもかんでも先割れスプーンで食べなきゃだったし。
おっと、話がそれました。

ドイツの街で体験したそれは、昔のCDやお昼の放送効果(?)を
さらに強力にしたような感じでした。
私はまるで、横になったまま、周囲の景色が線になって
飛んでいくかのような感じがしていました。

自分の意識も体も、現実のホテルのベッドで
ごろ寝しているのですが、その一方で同時に、
ものすごい勢いとスピードで別の場所へ運ばれていくのです。
あまりにも遠くへ(遠くというのは、時間と空間の
両方を意味していることを私は意識のどこかでわかっていました)
運ばれていったために、自分がこの世に生まれた瞬間をも
突き抜けて遙かに時を遡っていくかのようです。

そしてある時代の、ある場面へとたどり着きました。
そこで私は、今とはまったく違う肉体──こげ茶色の髪と頬髭、
がっしりした胸板のたくましい男性の肉体に
“入っている”自分を感じました──を持ち、
今とはまったく別の人生を生きた人間だったのです。

気のせいだとか思いこみというにはあまりに生々しい感覚。
そこでの体験は、あまりにプライベートなことなので
ここでは書きませんが、私は、違う時代の違う場所にいる
「昔の自分」を感じながらも、同時に、
「ホテルでごろ寝している自分@そろそろ朝ご飯行かなきゃ
今日はチェックアウトだからな」をも同時に感じているという、
実に奇妙な体験をしました。

そしてこの情景を体感している間ずっと、今、連れも隣で
同じ事を体験している、という確信がなぜかありました。
後で話を付き合わせてみると、やはりふたりとも
同じ場面を見ていたことがわかりました。
しかも、まるで2台のカメラで撮影したかのように、
それぞれの視点でその情景を見ていたのです。

この体験は本当に強烈でした。
かつて、今とは全く違う国、違う時代、
そして違う性別と違う人種の肉体をまとっていた自分。
これが、この旅行で最も印象深い出来事で、
私が今まで体験した、唯一の不思議体験(?)と言えるかもしれません。

END