昨日の日常のひとこまですが、
この春から中学生になる女の子が家の周りを掃除していました。
お家は、一戸建て玄関から外回りに水を撒いて
今度は土間を綺麗にふき取っていました。

感心した私は、
   「えらいなぁ~おかぁさんと掃除?手伝いしてるんや」

少し戸惑いながら
       「1人やねん、誰もおらん・・・」

えぇっ・・・と思いながら
     「おかぁさん仕事言ってる間に掃除してあげてんねんや」
     「偉いやん!!」

など、冗談を言いながら少し話しました。
その子の笑顔は少し気になる笑顔でした・・・

その子の家庭は少し複雑で
母親は午前中パート務め、父親はもう4,5年前に出て行ったきり
二つ上にお兄ちゃんがいて
そして最近母親の彼氏らしい男性が出入りするようになりました。

その女の子は、
話を聴いてくれる人には母親の愚痴を言ってるらしいのですが
それを聴いてか、見ていてなのか周りの大人の人達は
「子供が可哀想」と口々に言っているようです。

私は、その掃除の仕方を見て
やらされてるよりは、おかぁさんに褒めてもらいたいんやなぁ
って感じました、おかぁさんが大好きゃねんなぁって・・・

その子は、
確かにいつも話を聴いて欲しそうな目をしています。
寂しいんだなぁって解ります。
可哀想だとも思うし何とかしてあげたいって思います。
回りの人が「子供が可哀想」って思う気持ちもよく解ります。

じゃぁ、私達に出来ることってなんでしょ・・・
責めることじゃぁ無いように感じる。

この事と被災者の方々の事変わらないって思う。

何かが起こったから、何かをするのでしょうか?
いつも変わらず
いつもと同じようにすること大切だと感じる。

私も、回りの人達も、皆一緒だと思う

きっとその子の母親だって迷ってる
回りの目が冷たいと、そこでは弱音は吐けないし
子供の事考えてないわけじゃぁ無いと思う
ただ見えてないときもあるだろうし
その時見守ってあげる優しさもが必要だと感じる。

声をかけるのも
辛い時も、上しい時も変わらずにいられるってこと
大切だと感じる。

でも・・・
回りの人も悪いわけじゃぁない
フォーカスする点がそれぞれあるのだから
皆が許しあえたら
穏やかに真実の喜びに触れられると感じます。

イーグルに訊け―インディアンの人生哲学に学ぶ/天外 伺朗

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この本にインデアンの人たちの魂が載っていました
赦すという事の重大さと難しさ
それぞれの形が見つかるといいですね・・・

私達が身体だけの存在ではなく
魂の存在である事に少し触れてみませんか・・・

                angel ciao 真喜