こんにちわわ

お忙しいなか、ご訪問ありがとうございます
今日13日はチョコリーナの月命日です。
先月のあみの月命日の一週間前、実家に置いてきたペット専用アルバムに書いてある生年月日 と命日を母に調べてもらって判明。
先月でした。梨花ちゃんが10月15日でしたが、そのときはわからず、
愛実の四十九日と梨花の命日のお参りのため増上寺に写経を納めに行ってました。
存在を忘れた訳じゃないけど、命日というものには
愛実の他界を経験するまで
無頓着で長い間暮らしてきました。
それまでにいた子達は生年月日も命日もはっきりしません。
写真は残ってますが、不明なこと多いです。
私が日記つけるタイプの子どもだったら色々な出来事がきっとわかったのでしょうが。
これは、あみの四十九日の日(10月15日)の日、あみとからみのある直近のペット(まじゅ
、ふく
、りか
、みき
)のフォトブックを開けたら出てきたチョコリーナの写真です。
梨花ちゃんの命日でもあったので亡きペットを偲びフォトブックを出して手を合わせてました。
このチョコの写真を撮った撮影日が奇しくもあみの命日8月28日に一致してました。
発見したときはただの偶然くらいに思ってました。
その後、私がチョコリーナのお墓だけ他の子と違うお寺にあるので、全然お墓参りいけてないことが気になって、母にそのこと伝えたら
母も気になってお参りにいってくれたんですが、
その時全てのことがはっきりしました。
これこそ奇跡の体験でした。
その話をするには
いかにあみが観音様と仏縁を結んでいたかの話をしなくてはならないのでとても長くなります。
今日のブログも長いですが、もっと深い話になり長くなるので今日は割愛します。
あみとチョコが同一魂だと確信した決定的なお話をするのはまたいつか。
結論からいうと、あみは紛れもなくチョコリーナの生まれ変わりでした。
チョコリーナの亡くなった1996年(平成8年)は子年
その12年後の同じ子年の2008年、平成20年、母の誕生日と同じ日を選んであみは生まれました。
チョコとあみからの最初のメッセージでした。
25年も見落としてました。
チョコ(あみ)は機が熟すのを待って私のところに来てくれていたのです。
その出会いも以前お話ししましたが不思議な出会いでした。
チョコもそうだけどあみも様々な偶然や縁が繋がって飼うことになった子でした。
チョコが亡くなってあみと出会うまでの12年間は、私は変動的、流動的な暮らしをしていたので
私が単独で動物を飼える状況ではありませんでした。
2006年ペット可の物件に引っ越しました。
35年ローンで
、気軽に転居できない生活に変わりました。
一年とちょっとカーテンや家具をつくってもらったり家財道具を新調したり、自分の住環境を整え新しい部屋で独り暮らしをしました。
あみと出会った2008年からはリーマンショックの煽りを受け海外出張もない仕事になり、勤め先のオーナーも変わり、色々思うところもありそこの職場は2010年には辞めました。
辞めたことで私自身は苦労も増えた部分はあるけど、
次のステージはあみを中心に考えられたから
もちろん100%完璧ではないし、
あみも留守番はしましたが、
以前の生活よりはあみのためにはよかったはずです。
1996年から2008年のどのタイミングで
どんなかわいい子犬と出会っても私は飼えなかったので、
まさに、あみと出会った時期はベストタイミングでした。
チョコリーナは知人や親戚をたらい回しにされた子で、
最終的に我が家(実家)にきた子でした。
といっても、私がアメリカにいたときで、当時は母からのエアメール💌での報告でした。
「こんな子がうちにはいます。チョコちゃんといいます」というメッセージと一緒に写真が入ってました。
チョコの誕生日は1992年2月7日、1993年の7月まで私がアメリカにいたので、93年頃のことです。
その前の名前はコロで、我が家の誰か、
多分母がチョコリーナと新しく名付けたようです。
イタリアの政治家(元ポルノ女優!?💃)のチョチョリーナさん(ご存知ですか?)、雅子さまのわんちゃんショコラちゃん等、様々なインスピレーションを融合させてるようなユニークな名前です。
今思うとミックス犬のチョコちゃんにふさわしいです!
その写真は耳を後ろにしてソファの背もたれの上に鳥のようにとまってる写真で、
「かわいい。早く会いたいなあ」と思ったものでした。
それから帰国して、チョコとはしばらく一緒に暮らしました。
しかし、長くは一緒にいられませんでした。チョコリーナはわずか4歳で事故で亡くなってしまったのです。
辛すぎるお別れでした。
そのこともあって、生まれてはじめての重度のペットロスを経験しました。
すぐにニュージーランドで単身生活が始まり悲しみを分かち合う人も周りにいなくて一人で耐えるしかなかったです。
インターネットのようなものも限られた人しか使っていない時代でペットロスの癒し方もわからない状態。
異国で一人で泣くしかなくて。
チョコはミックス犬だったので、同じ姿の犬を探す術もなく、その時は純血種だったらよかったのになんて安易に思ったりしました。
純血種のあみと人生を共にして、存在を失って、その時の自分の考えは浅かったと思いました。
当時は、生まれ変わりも信じてなかったので
単に亡き愛犬の面影を追い求めて似た子に会いたいと思ったことに過ぎません。
先月、チョコリーナの命日10月13日はたまたまタイタニック沈没の番組をみて、多くのわんちゃんも犠牲になったことを知りそのことで頭がいっぱいでした。
110年前の犬達のこと犬達と運命を共にした飼い主さんの気持ちにリンクしてました。
あみやチョコなら服の中やバスケットに隠しもっていくと思いますが、それより大きいこだったら、とても置いてけない、運命を共にしただろうとか、想像したりして。
あみでもチョコでもなく他のわんちゃんやタイタニック号の犠牲者のことを思い、心を痛めていた自分がいます。
チョコはきっと許してくれると思います。
私があみに出会ってから強く誓ったことの一つは「悔いが残らないように愛情を注いで世話をする」でした。
それまで達成できなかったことです。
「悔いが残らないように」というのは主観的なことなので人によって違うと思います。
お出かけ大好きで、車に乗ると窓から顔を出し、長い毛をたなびかせ気持ち良さそうにドライブを楽しんだチョコリーナ。
だけど、しょっちゅうは連れていけなかったから、ほとんどは留守番させて寂しい思いをさせました。
チョコに対して一番の後悔は追いかけるチョコを振り切って出かけた後ろ髪引かれた記憶です。
「チョコちゃんごめんね」
ごめんね、としか言えなかった25年間でしたが、
チョコとあみとが繋がったことで、
チョコに対して新しい気持ちが生まれました。
それは「ありがとう
」と、「あーよかった」です。
あみに生まれ変わって私にチャンスをくれたから、あみを通してチョコちゃんも幸せにできたような気持ちになれました。
あみ単体でみると悲しいお別れでしかないけど、
チョコリーナとあみをセットで考えると
達成感のようなものすら感じ、あみを失った喪失感がしばしやわらぎます。
チョコは室内犬。寝るときは母達と一緒。
あみみたいな感じ。
だけど、留守番の多い子でした。
猫はお出かけしたがらなかったので、あまり不憫には思わなかったけど、チョコは行動を共にしたかったのに置いてきぼりだったから悔いが残ってました。
その後悔があったからかどうかはわからないけど、
あみは、可能な限りポケットドッグ(チワワの愛称)として同行しました。
もう同じ後悔をしたくない!
という決心のようなトラウマ・・・。
旅行や遊びでのお出かけやホームセンターはもちろんのこと、
郵便局、銀行、市役所、税務署、警察署…
通常あまり犬を連れてかないようなところにまで(笑)
公共の場所は「ペット持ち込み禁止」と書かれてなければオーケーというマイルールで
個人のお店は不明なときはその都度聞いて入店しました。
郵便局や役所なんかは、たいていは何も言われません。
「かわいいですね」「おとなしいですね」とは言われても、とやかく言われたり邪魔者扱いされたことはありませんでした。
私の慚愧の思いやトラウマがあったことで、
乗り物にも強く、好奇心旺盛でお出かけ大好きなあみは色々なところに行きました。
お出かけというより私のことが大好きだったんですが(〃▽〃)
あみはチョコにどことなく似てるとは思っても決定的なものはなく、生まれ変わりだと確信できず育てていました。
チョコリーナが亡くなって25年、あみが亡くなって四十九日が済んでしばらくしたある日、やっと真実がわかりました。
チョコリーナに対して、「ごめんね」といい続けた25年間。
悲しい記憶のままのチョコとの思い出が、
やっと、四半世紀経って、「ありがとう」になりました。
チョコも私や家族が自分のことで悲しみ続けるのが嫌だったんです。
自分のことが忌まわしい記憶のままになってるのは辛かったんでしょうね。
だから、愛実に生まれ変わって私の元でもう一度生きてくれた
私に機会をくれた。たくさんの大切なこと教えてくれた。
食事、健康管理、社会生活、遊び・・・
できうることを愛実にはしてあげられたので、愛実には後悔はほとんどありません。
死因によっては遺族は一生苦しむこともあるでしょう。
チョコリーナのようの事故死も一つ。
他殺や自殺も。
仏教では死んだ「因」は「生まれたから」と考えます。
私達が死因と考えるもの、心臓発作も癌も「縁」の一つに過ぎません。
病気で事故でウイルスで死ぬんじゃなくて、「生まれたから死ぬ」というという考え方に出会えたのも
愛実のお陰です。
犬種こそ違うけどとこか雰囲気が似てる二人。
好き嫌い多くて足が早いとこも同じでした。
当時ミックス犬(雑種)には値段のない時代で、チョコは色々混ざってるとは聞いていたけど、飼えなくなった人から引き取った子でそれが何かははっきり知りませんんでした。
ヨークシャーテリアとダックスフンドと何かのミックスだったらしい。
毛の色合いはヨーキーでした。
見た感じはチワックス風に見えます。
耳が大きく立ってるからパピヨンかチワワが入ってるようにみえます。
当時はパピヨンもチワワもほとんどみかけなかったし知名度も今ほどなかったので、
ヨーキーとダックスと何か・・・の、
「何か」だったのかも。
ロングコートでしたが、ダックスやチワワのように基本トリミングいらずの被毛でした。
毛玉もできたことなくてツヤツヤした毛質でした。
壊れることで何か知らせてるのかと思うほど様々なものが壊れる今日この頃。
最大の損失はあみですが。
私には霊感はないのでどういうことかわかりません。
あみがチョコリーナだったのなら、
できなかったことたくさんしてあげられ本当によかったです。
実は、愛実の呼び名の一つは「ちょこ」ちゃん、「ちょこりーな」ちゃんでした。
私がふたりのことを勝手に重ねていたんですが、
あながち間違ってなかったんだと思いました。
当初は単に悔いを残さないためでしたが、
二人が繋がったことで「よかった
」という新しい気持ちが生まれました。
天国にいったあの子たちから
「ありがとう。一緒に暮らせて楽しかったよ」と言われてるみたいに思えて、後悔する気持ちは大分減りました。
会えないことだけがただただ淋しいです。
チョコちゃんの月命日
長いお話になりましたがお付き合いありがとうこざいました
読んでいただき有り難うございました![]()
皆様にとって心穏やかに過ごせる
良き一日になりますように
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