吉本興業で働いていた時、奈良から

通っていたわたしは、深夜番組などの

アテンドができなかった。

もっともっと仕事がしたかったわたしは

それが悔しかった。そんなわたしに

自分達のマンションの合鍵をくれたのが

今いくよ・くるよさんのお2人だった。

「どうせわたしらほとんど家にいないから

好きに使っていいよ」

と、おっしゃってくださった。

そのお2人がもうこの世にいない。

25歳で吉本を結婚退社して27歳で

起業した時も彼女たちのラジオ番組の

構成の仕事をくださった。

わたしの子供の面倒もよくみてください

ました。

くるよさんが最初に心筋梗塞で倒れた時は

わたしの父がお世話させていただいた。

 

ふぐを食べに連れてくださったり、

一緒に巡業の仕事をしたり、まだまだ

至らなかったわたしは、怒られたり、

褒められたりしたこともいっぱいある。

寂しい。

 

ここ数年でたくさんの知人が亡くなった。

そんな時、いつも思う。

 

魂はどこに行くのだろう

記憶はどこに行くのだろう

来世でまた会えるのだろうか

 

最近出させていただいたこの本にも

いくよ・くるよさんのことを

書かせてもらった。

もう一度お会いしたかった。

感想聞きたかった。

 

いつか・・・は無い。

それを思い知らされた。

遺せるだろうか。

吉本興業という会社でわたしが

たくさんのことを学んだこと。

たくさんの芸人さんに育てて

もらったこと。まだまだ

遺したいし、伝えたい。