武術の知恵でイジメ問題解決に導く専門家
空手道武禅館館長、小池です。
こんにちは。
平安時代に書かれた兵法書「闘戦経第一章」にこんな言葉があります。
我が武なるものは天地の初めに在り、しかして一気に天地を両つ。
雛の卵を割るがごとし。故に我が道は万物の根元、百家の権與なり。
古典が苦手な人には難解かもしれませんが、読んで下さい(笑)
「人」という存在がこの世に生まれた頃は無秩序状態です。
今のような人間社会は存在せず、無法状態であるとも言いかえれます。
今時の言葉でいえば、カオスな状態ですね(笑)
武というものは、まずは社会を形成する為に「善」と「悪」という価値観を決定づける為に必要な措置、手段としてありました。
「これは良い!これは悪い!」と決める秩序を生み出す為には、まず、武力で以て暴力を制することが必要であったと闘戦経では書かれています。
平安時代の頃から、「平和を生む為には武力は大切だ」と認識していたのが、日本人です。
原始的な言い方かもしれませんが「この人を怒らせたら怖いな」という人に対して一目置く感覚は、いつの時代も変わりません。
あなたも、空手という武術を修行して、まず力を身に着けることが大切です。
その力を以て、まず、自分の中の秩序を統制することが大切です。
「強さとはこういうものだ」という定義付けを、まず行うこと。
定義とは「義」を定めること。
その強さが、暴力ではなく武力である為には「人の為に何ができるか」という行動指針を持つことが大切です。
その気持ちが高まって、将来的に多くの人の利を生む確信が持てたのなら、それは「義」へと昇華します。
それを定めることが「定義」というのです。
「自分の強さが人の為になる」
そう思えたときの力は強大です。
暴力を暴力で返さないというのは、この心があって初めて言えること。
例え腕力で負けることがあっても、心は決して折れません。
心が折れなければ、最終的には勝つことができます。
かくいう私自身もその経験の上、今の幸せを保っています。
武術の知恵でイジメ問題解決に導く専門家
空手道武禅館館長、小池