相変わらず

ちょっとサボり気味の

年末の日々を送ってます

なんか自分の気持ちを棚卸ししてる感じ

去年あたりまでは

大掃除しなくちゃ

きれいにして新年迎えなくちゃ、だったんだけど

今年はテキトーにしてます



いったん手をつけたら

完璧にやらないと

気がすまなくなるだろうからなあ…

でもまあ…いっか。

完璧がやりたくなったら

そうします

放り出したくなったら

いいところで止めときます

要は自分の「内側の声」を聞いて決めればいい、と。



今日も

自分の「内側の声」が出てきてしまって

あ~そーか~っていう時間がありました

そんなときはたいてい「涙が付録」なので

溢れるままにしておきます

今日出てきたのは

「いい子だね」というフレーズ

これをもう一人の「私」は言って欲しかったようで。



なので言いましたよ

自分に向かって

ちゃんと自分の名前を呼んで

「~はいい子だね~」って(モチロン本名ね)

ついでに頭もなでなでして

ハタからみるとアホな光景ですが

必要なんです

家の中でやってるから

別に誰が見てるわけでもないので

そこは大げさにやっても

思い返してみると

「いい子だね」なんて言われた記憶ないので



脳は他人と

自分の区別がつかないといわれてます

そして過去と現在の区別もつかないとも

だから誰かに言うつもりで

実際に誰かに向かって言葉を出していても

自分自身も聞いている

自分が出した言葉が

自分の身の内に入るんです



だから上のように

「~はいい子だね」と自身に語りかけても

それはそれで入る

だって普通、自分で「いい子だね」なんて

大人になったら言わないですもんね

ちっちゃい頃は

「~はいい子だもん」って

言える子もいると思うけど



ただでさえ日本人は

自慢はしちゃいけないとか

過剰な謙虚さがある

それは美徳でステキなんですけど

褒められても謙虚さがカベになって

全部を受け入れられないところもある

ましてや承認される言葉を

もらった経験が少なければなおさらのこと

そんことないって受け取れなかったりします



前の記事の繰り返しになっちゃうけど

自分の「内なる声」を聞くのは

難しい場合があります

ずっと聞かないで来てしまうと特に。



でもずっと聞かないで

放ったままでいると

それはいずれひずみとして外に出ます

それが心や体の症状です

経験者は語る。



今日のわたしのように

「いい子だね」という

大人になると

なかなかかけてもらいないような言葉

もしそんな言葉が

あなたにもあったとしたら

それは一体どんな言葉でしょう?



今、あなたが一番欲しい

かけてもらいたい言葉は何でしょう?

もし何か出てきたら

自分に言ってあげてください

自分に対してというのが難しいなら

一番の友達、相棒、パートナーに言うつもりで

目の前にその人がいると思って

その言葉を言ってみてくださいね





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