何かめぐり合わせを感じます

2年前の今日、キャオさんと

16年前に

一緒に飼いはじめたアイツが

行っちゃった日で



8時前に帰ってきてみたら

ちょっとキャオさんが

ぼーこーえんなのか

じんそうなのか

頻繁にトイレ通いしてて

うん、ちょっとタイヘン(あちこちでお漏らししてる)



人間と同じ、とは完全にいえないけど

ペットとして動物を飼い

家族として関わると

年をとったら看病や介護って

避けては通れないんですよね



$オモロイ日々が来ようとは―見方を変えれば気持ちが変わる-フロル4


どういうわけか

キャオさんと同じ時期に

同じケータイで撮ってるのに

色あせてる



$オモロイ日々が来ようとは―見方を変えれば気持ちが変わる-キャオ11


2年前の今日

行っちゃったアイツは

フロルといいます

スペイン語で「花」の意味

あまり写真がないんです


$オモロイ日々が来ようとは―見方を変えれば気持ちが変わる-フロル5


ペルシャ猫だけど

ペルシャの名前が笑うような

ユーモラスなヤツでした

こんな風に寝てるのは

普通で

手足伸ばして

人間が寝るみたいに

大の字で寝てたり



タンスに寄りかかって

人間がやるように大また開いて

座りながら毛づくろいしてたり

ネコってこんな面白い

生き物なんだって

教えてくれました



しかもケンカが強くて

モテるヤツだった

ノラの女の子が

フロルのいる窓際まで来て

アピールしまくってるのに

見向きもしないし



人間にしたら

一人称は「オレ様」っていってただろうな


$オモロイ日々が来ようとは―見方を変えれば気持ちが変わる-フロル6


これが2年前の写真

3歳のときに糖尿病を患って

それでも10年頑張った

色々あって今は尊敬してるけど

フロルのことだけは

母をまだ責める気持は薄れていない



やっちゃいけないって

くどいくらい言い続けたのに

可愛いからって

人間が食べるような

塩分の強い

ちくわとか

さきいかなんてものを

病気になるまで

ずっとやり続けてた



フロが――わたしはフロルをいつもこう呼んでた

いってしまったとき

病院の先生は

体質や遺伝もあったんだよ

と言ってくれたけど



たしかに

キャオも同じものを食べてたのに

糖尿にはならなかったけど

母はフロルを可愛がってて

キャオより多く塩分の強いもの

カロリーの高いものを

あげてたから



もし、たら、れば、は

繰言だけど

そう思わずにいられない



そしてわたし自身も

悔いが残ってる



フロを病院に置いたまま

いかせちゃったから

急に調子を崩して

入院させて2日ぶりに

面会に行ったその日の夜

昼間わたしの姿を見て

気力が尽きたようにいってしまった



ずっと待ってたんだろうな

わたしが来るの

意識がもうろとしてたのに

わたしが呼びかけると

目に光が戻ったのを

忘れることができない



わたしを見上げて鳴く声が

今も耳に残ってる



両親を失くしたときより

フロを失くしたときの方がきつかった

ペットは家族だけど

一方では

人間の都合で

どうにでもなってしまう存在だから

生殺与奪をどうにでもできるから

だからこそ

責任が大きいと思う



そう

わたしは

自分の都合で

毎日面会に行くことを

しなかった

自分の都合を優先した



両親にはできる限りの

ことをしたといえるけど

フロには

してやれなかった



わたしの腕の中で

いかせてやりたかった



だからキャオさんには

できる限りのことをしようと思う



結局は

自分が

納得するために

看病をするのだけど



でもそれって大事じゃないのかな



こういうことは

多分どこまでいっても

いたちごっこで

満足なんてないと思うけど



納得ができるのなら

それをやった方がいい



これを書いてるうちに

キャオさんの様子が落ち着いてきました

よかった

今うとうとしてます

このまま

いい眠りが訪れますように