先月、次女の誕生日が来て、3歳になった。長女は6歳。ふたりはケンカをしたり仲良く遊んだり、毎日のことになると大変なこともあるが、可愛い姉妹だ。


次女の誕生日の前日、約束したオモチャの片付けをしないことがきっかけとなり、わたしの怒りが爆発する事態となった。


「片付けなかったら捨てるって言うたやろー!」と堪忍袋の緒が切れて、「もう捨てる!」とわたしは断捨離を決行した。前々から起こっていた出来事で、何回もこどもたちと話し合いを重ねてきたのだ。


しかし、あまりにも怒りすぎたのか、その日の夕飯に普段は飲まないチューハイを飲んだからか、頭に血がのぼったのか分からないが、床に散乱しているオモチャをゴミ袋に入れながら、フラフラ~っとめまいが起きてしまった。


フラフラしながら片付けるわたしを、長女は半笑いで見ていた。それにつられて、次女はもはやゲラゲラ笑っていた。


めまいがするほどキレた上に、こどもたちに笑われるわたしって一体、、、と情けなくなりながらも、「ちょっとめまいするから寝る」と言って、バタン、と布団に倒れこんだ。
寝ながら、この一件はそろそろ決着をつけた方がいい、という思いが湧いてきた。


ふたりがわたしが寝ている部屋まで来て、ちらちら様子を見ていたので、「ちょっと来な」と言い、「オモチャなんだけど、本当に自分がこれからも大切にしたいものだけ残して、あとのものはリサイクルに出そう。ふたりで考えてきな。」と提案した。


「わかった」と長女が言い、ふたりは相談しに別室へ行った。数分後、わりと早くふたりが戻ってきた。


残すオモチャの選別結果が、発表された。

次女は「くれよんと、えんぴつと、ぱじゅる(パズル)と、ぬりえと、はさみ」と言った。

長女は「すみっこぐらしのおもちゃと、スライダーゴーゴーと、べんきょうのドリルと、絵日記と、筆箱だけでいい。」と言った。

えぇっ、それだけ?!とわたしは思い、「シルバニアファミリーとか、ぽぽちゃんとか、おままごととか、アンパンマンのお店とか、プリンセスのパソコンとかは?」たまらず聞いてみた。

「もう、いらん。妹ちゃんもいらんって」と長女が言うと、次女も「いらん」と言って小さな頭で頷いていた。


ガーン。なんということだ。衝撃の結果である。
こんなにあるオモチャの中から、オモチャはほとんど選出されなかった。選ばれたのは、ほとんど文房具ではないか。まさか彼女たちの優先順位で、文房具類がオモチャを上回っているとは、知らなかった。


そもそもわたしがオモチャを買っていた理由は、オモチャで遊んでいてくれる方が、楽だからだった。知育や情緒を育んでほしい気持ちもあったが、ワンオペの時間が長いので、こどもたちがわたしから手が離れる時間が少しでも欲しかったからだった。


しかし、長女は特にオモチャに執着がなく、それほど遊ばないことは、分かってきていた。

次女が生まれてから、ふたりで遊ぶだろうかと思って見ていたら、ゴミ袋とか、タオルとか、そこらへんに落ちていた、全然オモチャではないもので、非常に楽しそうに遊んでいる様子が観察されていた。


ここまで来ると、もはやわたしのオモチャに対する執着でしかないよな、、と、うすうすは感づいていた。やはり、と、突きつけられた感じだった。
なんでせっかく買ってあげたのに遊ばないんや、とか、せっかくプレゼントでもらったのに、高かったのにもったいないとか、そういう類いの執着である。


日常で繰り返していた「オモチャのお片付け戦争」は、わたしの心の中で起きていた損得感情の戦いだったんだナァ、、トホホ、と、今回のこどもたちのこどもたちによるオモチャ選別の結果発表によって、明らかになったのだった。


その結果を受けて、わたしも自分を見つめ直し、オモチャを買う起点が、打算的で愛がなかったなぁと冷静になった。大好きなものを大切にする、最初はそれを教えたかったんだけど、いつの間にか、わたしが自分の時間がほしいからとか、もったいないからという追求になっていた。


それほど育児に追いつめられていた時期があったということだが、もうふたりとも成長し、わたしも価値観が変わってきたので、オモチャも古い価値観も、手放そうと思った。


わたし自身は、自分の大好きなものに愛をもって大切にしているだろうかと、向き合うことにした。



翌日の朝、起きてみたら、まだ頭がフラフラしていた。寝たら治るだろうと思っていたが、吐き気までするのでどうにもならない。


長女に「まだ頭がフラフラする、、」と言ったら、ぼそっと「もう39歳なのに、、」と言っていた。
わたしの誕生日は来年なので、正式にはまだ38だ。しかし、そんなことは6歳の若人にとっては、大差ないよなと思う。


結局、次女の誕生日はほとんど寝て過ごしたが、ケーキ屋さんでケーキを予約していたので、かろうじて誕生日らしい1日になった。


選ばれなかったオモチャたちは、いったん物置にすべてしまい、今まで遊んでくれてありがとうと伝えて、後日処分することになった。


小さくてもちゃんと自分で考え、選ぼうとする娘たちはえらいよなぁと、彼女たちの成長から勇気をもらった。


こどもの成長と、オモチャたちとの別れから学び、わたしは来年39になるまでには、怒りすぎてフラフラするなんてことはない人間になっていたいなぁ、とひそかに願った。