今回は、
わたしが過去の病の“闇”について
見つめたことを書きます。


闇編なので、明るいキーワードはありません(笑)


心の手綱をご自身で手繰ることが
できる場合に、お読みください。


ただ、ここに書いている“闇”が
このあと光に変わっていくという
イメージで読んでいただけましたら
見方がガラリと変わると思います。



【闇を見つめる】


当時苦しかったことよりも
今、過去の病に対して
まだ痛いと思っていることを見つめました。

(そちらの方が、わたしには重要だったため)


それは、過去の病のことを
笑って話すことでした。


今は元気に暮らしていますが
腕には傷あとが残り
リアルに人と関わるのがどこかこわくて


どう思われるのか
なんて言えばいいのか
どうしても気になって
まだびくびくしておりました。



病のことを笑って話すということは、


当時いろいろ迷惑をかけた
家族やご縁があった人に対して
無責任であるように感じていたので


これからもずっと
罪悪感を感じていなければいけない
そう自分に課していました。


でも、
過去を痛いままにして
見つめきらないでいることの方が


責任云々で言うならば
逆に無責任なのかもしれないと
思うようになりました。



そして、わたしが自分の病を笑えなかった
本当の理由は


周りの人たちに対して無責任だから
とかではなくて


周りの人たちを誰も信頼していなくて

自分の傲慢さや弱さ、愚かさが

露呈することが怖かったからでした。



自分を痛めつけるほど責めていた
本当の本当のところは、


なんで誰も分からへんのやー!
この世界はクズばっかりやー!
どうして愛してくれないんだー!
と


こどもの頃からの悲しみと怒りで
めいっぱいになっていたからでした。



幼少頃に抱えた
悲しみや怒りを抑えていたことを
こどものわたしに
責めることはできません。



だけど、大人になっても
本当の気持ちを言わないことを
選んでいたわたしは


病を利用して周りの人たちに
分からせようとしていました。


こどものときのわたしを救おうとせず
怒りや悲しみを隠すことに
まだ必死になっていたということ。


それは、大人になった
わたしの責任だなと考えました。


だから
どれだけドロドロした感情であっても
本当の気持ちを自分で認めて
それによって起きている現実を
受け入れる必要がありました。



当時、スピリチュアルなことは
あまり知らなかったけど


このことから
病は自分で選んでやってるなぁと
感じるようになります。


病になって
自分と向き合い始めると


自分も人も
全く信頼してこなかった生き方が
どんどん明るみになってきて


病で苦しいことよりも
もっと苦しいものが
どんどこどんどこ出てきたのです(笑)


これなら病で苦しんでる方が体裁がいいや~
と、思ってしまうくらい
エゴで盲目になっている状態でした。



傲慢で弱い自分
人をバカにしていた自分
精神を尊び、身体を疎かにしていた自分
笑顔に隠した怒りに満ちている自分
差別意識に蓋をしている自分



罪悪感、劣等感
いつも虚しい気持ち
見捨てられた気持ち
わたしは愛されていない
自分の命に価値を感じない
世界が終わればいいのにという願い



排除したいものだらけで
隠したい自分が多すぎて
わけが分からなくなるように
たくさんの嘘をついて誤魔化しました。



病になるという強制終了以外に
当時のわたしには違和感に気づく方法が
なかったんだと思います。


わざとそうしてるつもりはなかったけど
本当は隠したいクズな自分のことを
誰よりも自分が分かっていましたし、


ささいだけど
真ん中を裏切る重大な嘘を
積み重ねていたことが



わたしにとっての、本当の“病”でした。



ここまでが、病の闇編です。


読んでいただき、ありがとうございました。



次回、闇を光に変える
光編へ続きます!


さぁ、この闇が、どんな光に変わるでしょうか?♪


お楽しみに✨