独身時代、想いを寄せられていた人から『仕事で遠くに越すことになったから、最後に一緒に食事に行ってほしい』と頼まれて、断りきれずに了承したことがあります。

当日、待ち合わせて早々に『今日は早めに帰らなくちゃならない』と前出ししていた辺り、私もなかなか周到だったなぁと振り返ります。
食事中も、たびたび彼は『俺が今度住む街は都会だからさ、あなたが就きたい仕事もたくさんあると思うよ〜』とのボールを投げてきたわけですが、それをかわす私、めげずに投げる彼、知らぬ分からぬ素振りでかわす私と、ちまちました攻防戦が、食卓の上で繰り広げられていました。

レストランを出て、歩いて駅へ向かう途中に降り出した控えめな雪のことを、印象深く覚えています。
最後の食事、離れ離れになる男女2人だなんて、私側に好意があれば、さぞかしロマンチック解釈に浸っていたろうなぁ。
駅の改札前でお別れすることになって、彼からお菓子の紙袋を渡されました。そして最後のダメ押しだったのか『俺が暮らす街に来たりしないの?』と問いかけられたので、粛々と、深読みする余白を与えないように『恋人になることは有りません』と、ハッキリ言い切りました。
彼は平気そうに振る舞っていたけれど、足の所作から動揺が目に入ってきて、(辛辣ながら)そういうクセが苦手なんだよね····と、分析している自分がいました。
『じゃあ、もう行きます』と告げて、改札機をくぐってからは、もう後ろをいっさい振り返りはしませんでした。絶対に彼と目を合わせちゃいけない、微かにでも期待をさせてはいけないと、強い決意がそこにありましたから。

帰宅して紙袋の中を確認したら、お菓子と一緒に手紙が入っていて、封筒の厚みや表面に書かれた私の名前を見て、すぐさま『読んではいけない』と、直感的に感じ取りました。
彼の“ただ伝えたいから”という爽やかさから 綴られたものではなしに『これを読んで胸を打たれて、俺の方を向いてほしい』という強い念を、ぷんぷんと嗅ぎ取ってしまったためです。

当たり前のことながら、私の気持ちは、私のものです。
『それも含めてまるごと自分の元へ囲いたい』と、願って止まないのが恋心かもしれませんが、決定権はいつだって相手にあるのだという奥ゆかしさがないと、思いを寄せられている側は、どこか圧を感じるのではないかなぁと思うのです。
お菓子は戴きましたが、手紙は開封しないまま数年ほど保管をしたのちに、処分をしました。
気持ちの輪郭だけはきちんと受け取ろうという思いは、私の中にも確かにありましたから。

直感から逸れた義務感から手紙へ目を通していたら、そこに連なった文字が私を覆いかぶせてきて、彼の印象すべてが重々しいものになっていた気がするのです。手書きの文字というのは、それほどに強烈なものがありますから。自分の行動の正しさは測れませんが、それから時間をずいぶんと経て彼と再会した際に、後ろめたさは感じられませんでした。

恋人にはならなかったけど、彼との間にも確かにあった、人が寄り添うことで生まれる美しい景色を、そのまま保つことが出来て良かったなぁと今も心から思えています。

Arisa