2022年秋・帰省編 その②
実家の冷蔵庫の表面に、私が15年ほど前に母へ宛てた、メモ書きが貼られていました。私にとっても印象深かったのか、すこし見ただけで記憶が蘇ってきたのです。
『それ、こないだ片付けてたら出てきて、せっかくだから貼っとこうと思って』と、母が言いました。
『気恥ずかしいから、私がいる間は隠しておくね』と、メモを裏返してマグネットで押さえ直しました。こういう分かりやすい愛情の仕草を、私が小さい頃の母は、示してくれていただろうか。こちらが見逃していただけ、なのかな。
旦那さんは『仕事の疲れが残ってて』と言って、ひとりで2階の客間に籠りがちでした。様子を覗きにいったら『久々の帰省だし、母娘水入らずで話してもらえたらと思って』と。うん、優しい。
でもでも、私は見抜いている。その計らいの言葉の中に“ボク気が利くでしょ、そこのところ見落とさないでねヨロシク!”な、魂胆があることを。
(というか実は、出会って間もない頃から察してはいた。まぁそこに可愛げを感じたから、良いのだけど)
夜は更け、母と2人でドラマを観ていた際に『彼、産後は何日間か休めるの?私は産後、ほぼ動けなかったのね。キツイと思うよ』と、尋ねられました。里帰りの予定をしていないので、母としては不安なようで。面倒を掛けたくない気持ちを抱くより、もしかして帰省して一緒に子育てをしたほうが、よほど親孝行なのかなぁと過りました。
それから、実家にある絵本を譲ってもらう約束だったのですが『何冊かは置いといて。こっちに来た時に読めるものがあるほうが、子どもも退屈しないだろうし』と言われて、当然と言われたらそれまでながら、私たちを歓迎したい気持ちで満ちていることを、嬉しく思えました。
そうして帰り際、母が食料品をたくさん持たせてくれることになりました。もちろん、運ぶのは彼です。
パンパンに膨れたカバンを持ち上げた彼が『重た!アリサもちょっと持ってみてよ』と、促してきたのですが、すかさず母が『いや重いよ!』と阻止しました。身重の経験があるからか、心配性が露わになったのかは測れないけど、身体を慮ってくれているのが伝わってきました。
彼は何のけなしに発言をしただけ····のようで“こんなに重たいけどボク頑張って運ぶよ、そこのところ見落とさ····!”なアピールが、内包されていたような。
(あれ、今回は旦那についてのネガキャン?もしこれを彼に読まれた時にゃ、きっと泣かれる)
母からすれば、彼が私へどれだけ愛情をかけようが『もう充分、注ぎすぎだろ』みたく映ることなんて、あり得ないのかもしれないなぁ。マスオさんみたく同居したり、これから時間を重ねたのちに、結びつき方が変容する可能性もあるわけながら。
義理の息子とはいえ、娘を大切にしてくれる相手だからこそ 大切に思うわけで、関係にはその前提が、薄くとも1枚挟まれているのだ。万に1つでも深く私を傷つけることがあれば、容赦なく彼へ一矢報いるのだろう。
そして同時に義両親から見た私も、そういう存在なのだろうな、と思えました。
“母もお祖母ちゃんかぁ····”と、帰りの電車内でしんみりする私に、彼が話しかけてきました。
『気持ち、当ててみようか?ホームシックでしょ、僕も夏に実家へ帰省した時にそうなったから』
『私、お母さんと過ごしても、イライラすることが減ったと思う。前はあんなに優しく出来なかった』
『アリサも母親になるからじゃない?ようやくお母さんと同じ立場に立つわけだから』
そうなのかな、色んな力が働いているのかもしれないよ。
ずいぶんと物理的に離れたのちに、母の愛を正面から受け取れることになってしまった。本当はもっと近くで身を寄せ合っていた、私がただただ無邪気な娘時代に、母が祖母になるよりもずっと前の頃に、愛を素直に交わし合えたなら、よっぽど幸せだったのに。
私がかつて気付けなかった両親の愛に、未来で振り向くことはあるのだろうか。そもそも両親は“注いだ愛すべてに気付いて”なんて、求めるのだろうか。
(旦那さんの横顔をチラリと見て)
娘相手に、彼の〈気付いてちゃん〉は発動したりするのかなぁ。私が前前前のめりで拾いにゆくから、どうか夫婦間で留めておいてくれよね。頼む。
𖤣𖥧𖥣𖡡𖥧𖤣
帰宅したら、冷蔵庫が天に召されていました。
即座に『象か!』と、叫んでしまいました。
自分からは群れ(私たち)から離れられないから、1年振りの外泊の日を狙っていたのだろうなぁ、ふふっ、健気なやつ····。
なんて悠長なことばかり言ってられるはずもなく、中の食品を取り出して廃棄したりと、帰宅後はバタバタでした。新しい大型冷蔵庫は、明日届く予定です。
Arisa 🐘