2022年秋・帰省編 その③(まとめ)

まとめきることは難しいけれど、現時点で見えたものを、しかと書き残しておこうと思います。


私が育った街は、山を切り拓いて作られた新興住宅地でした。

昭和の終わりから平成始まりの頃に 家の売出しが始まったので、街としては30数年ほどの歴史をもつことになります。

実家は街のいちばん奥の町内に位置していて、駅からバスに乗り込んで、街を一通り回遊してからの帰省になります。そのたびに『幼少期の私のまなざしによって、街の明彩度をずいぶんと落としてしまったのではないかなぁ』なんて思いが過るのです。大した影響を及ぼせる私では無いことも分かりつつ、人の強烈な思いが、念となり得ることを知ってもいるからです。


バスの経路途中、通っていた中学校が変わらぬ出で立ちで建っているのを眺めて、時間の経過と共に和らいではいるものの、今も胸が締め付けられてしまいます。とはいえ、美しい気配は漂ってはいません。


そもそも、私の物心は混乱と共につき始めて、望んだ覚えはないのに、他の多くの子と同様に、いつの間にか集団生活に放り込まれていました。普通の人間を装ってはいたものの、情緒は混乱さを極めていく一方でした。

たくさんの悪意に囲まれていると思い込んでいたし、実際に子どもならではの残酷さに触れたこともあったけれど、それはお互い様だった筈で、優しさや親切も身近にあったに違いないのです。

自分を愛せないことを起点にして、近しい人や、身を置く土地へも親しみを抱けなかっただけ。混乱した人間が1人、団体へ紛れ込むだけで、色んな破滅をもたらすことも身を持って知りました。


私をよく理解する、ずっと親交のある友人にさえ打ち明けることを躊躇しますが、私の情緒の何割かほどは、混乱が最高潮に達した、あの中学校で居残り中です。

オリジナルの私のほうは、仕事でお客さまをもてなしたり、近所のスーパーで食材を買い込んだり、親戚づきあいをこなすなど、一見まともな社会活動を送っていると見せかけて、完全体では無いのです。欠けた一部が亡霊として、未だにあの学内を彷徨っているのです。(フラフラするだけで、悪巧みはしてないだろうけど)

罪悪感なんてまやかし、まやかし····”とか、ずいぶん言い聞かせたりするなど、色々な精神論で回収を試みましたが、いつまで経っても戻る気配はありませんでした。


若き日のあの頃、きっと私が存在していなかったほうが、周囲の幸福度も上がっていたと思えてしまうのです。

そこまで悲しい台詞が心から浮かび上がってしまう要因を、解明しきれてはいません。様々な悪因が、私の運命の真上で交差してしまったのかなぁ。

『私も生き延びる為に必死だった。でも勇気を持って眼差しを1度傾けただけで、拾える優しさがあったかもしれない』そんな後悔が過ります。今は両親へは、恨みも諦めも尊重も愛も、すべて抱いている気がしています。


そんな怪奇な道をくぐり抜け、まだ私は生きることを許されていて、更には新しい命を迎えることを選んだわけです。引き返せない道を、歩み始めます。

贖罪に生きたいわけでもなく、“娘には私が味わえなかった幸せを!”と、息を巻くような心境でもなく。


ただふっと、私がこれまで以上に軽やかな眼差しで世界を見つめて、人の優しさを受け容れて繋がることで、過去の故郷での辛い景色ですらも塗り替えられるかもしれないなぁと、帰りのバスの車窓から思えたのです。他人が知る由はない静かな革命から、世界の風向きを少し変えて、優しさを増幅させてゆけるかもしれないな、なんて希望が見えたのです。


過去に傷付けた人たちに対して、心からの“ごめんなさい”を卒業するのは、もしかすると死の縁に立たされた時かもしれません。ただ、それに間に合えば御の字!ぐらいのスタンスも、有りなのかも。遅過ぎるなんてこと、無いのかもしれない。

そしてようやくその時に亡霊が、私の元へ帰還する気がします。

『あ〜もう待ちくたびれたよ、あそこ、何も無いよ』なんて軽口、叩かれちゃいそうだなぁ。


Arisa