仙台の佐々木美術館にて【KSACアートと文学の杜展】に参加しています。
好きな文学作品をイメージした作品というテーマでしたので、2作創作いたしました。
一作目の紹介です。
志茂田景樹先生の著書、直木賞受賞作「黄色い牙」のイメージ画
☆
著書を拝読しましたら、なんとマタギのことに書かれた内容でした。
(マタギ:東北地方などで、主に熊や動物などを狩猟を生業とする)
私の生まれ育ったほぼ隣の地域、秋田県阿仁町が小説の舞台であること、
森吉山や土地の景観描写が地元民ではないかと思うくらい詳細に描いていること、
登場人物のセリフも私が理解不能なくらい訛っていて恐ろしく地域に密着した視点で書かれていること・・・・が、
はじめの方の文章で分かり、驚愕。
実は田舎に住んでいながら、小さい頃から田舎特有の土着文化や風習、素朴さ、閉鎖的な環境や個を尊重しないような空気がとても苦手で大嫌いで、そういったものには極力染まらないように、近づかないようにしていました。(爆笑)
ですので、地域のことや風習にはあまり興味がありません。
田舎特有の方言もとてもぞんざいで品を感じなく、心が荒んでしまうので、極力使いたくありませんでした。
(例えば、け=食べる、という方言は、本当にぞんざいで品がないので使ったことはない。書いてて嫌になるけど、例として:笑)
なぜ?志茂田先生がこんなにも、田舎の阿仁のことに詳しいの?? と常に頭の中に???が浮かんだまま、読み進めました。
そこには、厳しい自然と共に生き、マタギを生業とする人々の時代と共に変化していく物語がつぶさに書かれていました。
マタギとして生き、家族を養いながら地域と共存していく人々の生活。
閉ざされた地域での土着した文化、そこに生きる人々の素朴さが描かていました。
私が目を背けていたことです。
しかし、今ここでしっかりと、その事柄に目を向けるよう提示されたようで、観念して読み進めていきました。
マタギを継承する人々の心の中には、山や自然など人間の及ばぬ大いなるものへの信仰と畏敬の念が核として息づいています。
物語は、マタギのシカリ(頭領)を継承する父と息子がベースに展開します。
生活の糧としてのマタギとしての在り方、そこに生きる赤裸々な人間ドラマ・生の営みがあますことなくたっぷり描かれていました。
しかし時代の流れと共に、この田舎の生活にも変化が訪れます。
生活の変容も余儀なくされ、マタギだけでは生活していくのは難しい時代となっていきました。
熊との格闘と織り交ぜながら、一つの時代の移り変わりのドラマとして描いているとても読み応えのある作品でした。
頭に浮かんだのは、信仰の象徴としてマタギ神社の鳥居、生活の糧となる熊が天に掲げられ、一面が白い雪で覆われたかじかむ無彩色の世界。。。。。
そんな情景が構図として浮かびあがり、絵にしました。
そして、厳しい雪国の冬を過ごした人にはわかると思うのですが、冬は、本当に色がない。
一面無彩色の灰色の世界。吹雪の山なら、尚更です。
特に厳しい冬は、何ヶ月も空は雪雲に覆われ、青さえのぞかない灰色の雲。
そんな絶望的な無彩色の雪景色を表現しました。
その極限まで追い詰められた厳しい世界で、唯一の獲物である熊。
これがヒエラルキーの頂点に掲げられて、人々の生活は繋がれてゆく。。。。
そして、山への、自然への畏敬の念が、狩猟の安全を祈るためのマタギ神社として鎮座します。
極限まで精神を研ぎ澄まし、狩猟する二人のマタギを左右に配置し、手にはそれぞれ熊槍と銃を。
左側は、先代のシカリの父。頭には弁柄色の編笠。
右側はシカリを継承した息子が、熊槍を構えます。
ある日、みんなで狩猟に出かけた冬の日、父は普段被っていた藁の編笠を風で飛ばされてしまいます。
それを見かねた息子が、自分だけが被っていた弁柄色で染めた編笠を父に貸してあげます。
この弁柄色の編笠がきっかけで、父は命を落としてしまいます。
後にシカリを継承した息子は熊槍で熊を仕留め、マタギとしての大成功を収めます。
熊の口からは紅い舌が這い出し、熊の絶命を確認します。
この父の最後の姿と子のシカリとして奮闘する様子を、同時に対比させて描きました。
物語の中で象徴される父の弁柄色の編笠、絶命した熊の口から這い出した紅い舌、これだけをモノクロームの世界のなかで唯一、紅で描きました。
モノクロームだけでは、寂しすぎます。
このような観念的な風景だけ描きすぎては、ちょっとアレだな、、、、と思い(笑)
装飾的な要素を盛り込んだ絵にしたいと思っていました。
長く厳しい冬が終われば、森吉山や阿仁は自然豊かな四季の彩りで溢れます。
絶望的で観念的な要素を払拭し、和らげるために救いも必要だと思い、森吉山の季節の移り変わりの風景を周囲に盛り込んでみました。
そこには、初夏のブナの瑞々しさ。
森吉山にしか確認されていないキツツキ「クマゲラ」の営み。
紅葉樹の色彩の美しさ。
きのこノコノコ。
仏の座、水芭蕉、踊り狂う鮎は、水の豊かさを。
ばっけ(ふきのとう)やワラビで、待ち遠しい春の訪れに歓喜。
森に住まう小動物。
カモシカの憂い。
そして、かつて狩猟でも活躍した森の王者クマタカを、この世界を俯瞰する存在として描いています。
キャンバスの四隅は、私の中での土着した色の象徴である、小豆っぽいえんじ色。
幼稚園の時の運動服の色に、こんな色の部分があって「うわ〜なんだこの色〜」という気持ちが踊らない土着的な心象風景の象徴として、わざとこの色を着色しました。
よし!
これで、この絵に対する思いがほぼ昇華されました。
ここまで長々と読んでいただいた方、ありがとうございます。
失礼いたしました。m(o・ω・o)m
ーーーーーーーーーーー
【KSAC アートと文学の杜展】
会期:2024年9月15日(日)~10月13日(日)
休館日:9.17(火)、24(火)、30(月)、10.7(月)
開館時間:10:00~17:00
会場:秋保の杜 佐々木美術館
人形館2F 企画展示室
〒982-0242
仙台市太白区秋保町境野字中原128-9
022-797-9520
https://akiunomori.jp/
入館料
一般 ¥800
学生 ¥400
中学生以下 無料
☆仙台駅から車で約40分くらいの場所にあります。
他に、同時展示の企画展も複数あり、緑の中のたっぷりな趣あるギャラリーです。
これから紅葉がいい季節。(*^^*)
どうぞ観光がてらにお立ち寄りください。


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そして〜 メイキング画像です。








好きな文学作品をイメージした作品というテーマでしたので、2作創作いたしました。
一作目の紹介です。
志茂田景樹先生の著書、直木賞受賞作「黄色い牙」のイメージ画
☆

著書を拝読しましたら、なんとマタギのことに書かれた内容でした。
(マタギ:東北地方などで、主に熊や動物などを狩猟を生業とする)
私の生まれ育ったほぼ隣の地域、秋田県阿仁町が小説の舞台であること、
森吉山や土地の景観描写が地元民ではないかと思うくらい詳細に描いていること、
登場人物のセリフも私が理解不能なくらい訛っていて恐ろしく地域に密着した視点で書かれていること・・・・が、
はじめの方の文章で分かり、驚愕。
実は田舎に住んでいながら、小さい頃から田舎特有の土着文化や風習、素朴さ、閉鎖的な環境や個を尊重しないような空気がとても苦手で大嫌いで、そういったものには極力染まらないように、近づかないようにしていました。(爆笑)
ですので、地域のことや風習にはあまり興味がありません。
田舎特有の方言もとてもぞんざいで品を感じなく、心が荒んでしまうので、極力使いたくありませんでした。
(例えば、け=食べる、という方言は、本当にぞんざいで品がないので使ったことはない。書いてて嫌になるけど、例として:笑)
なぜ?志茂田先生がこんなにも、田舎の阿仁のことに詳しいの?? と常に頭の中に???が浮かんだまま、読み進めました。
そこには、厳しい自然と共に生き、マタギを生業とする人々の時代と共に変化していく物語がつぶさに書かれていました。
マタギとして生き、家族を養いながら地域と共存していく人々の生活。
閉ざされた地域での土着した文化、そこに生きる人々の素朴さが描かていました。
私が目を背けていたことです。
しかし、今ここでしっかりと、その事柄に目を向けるよう提示されたようで、観念して読み進めていきました。
マタギを継承する人々の心の中には、山や自然など人間の及ばぬ大いなるものへの信仰と畏敬の念が核として息づいています。
物語は、マタギのシカリ(頭領)を継承する父と息子がベースに展開します。
生活の糧としてのマタギとしての在り方、そこに生きる赤裸々な人間ドラマ・生の営みがあますことなくたっぷり描かれていました。
しかし時代の流れと共に、この田舎の生活にも変化が訪れます。
生活の変容も余儀なくされ、マタギだけでは生活していくのは難しい時代となっていきました。
熊との格闘と織り交ぜながら、一つの時代の移り変わりのドラマとして描いているとても読み応えのある作品でした。
頭に浮かんだのは、信仰の象徴としてマタギ神社の鳥居、生活の糧となる熊が天に掲げられ、一面が白い雪で覆われたかじかむ無彩色の世界。。。。。
そんな情景が構図として浮かびあがり、絵にしました。
そして、厳しい雪国の冬を過ごした人にはわかると思うのですが、冬は、本当に色がない。
一面無彩色の灰色の世界。吹雪の山なら、尚更です。
特に厳しい冬は、何ヶ月も空は雪雲に覆われ、青さえのぞかない灰色の雲。
そんな絶望的な無彩色の雪景色を表現しました。
その極限まで追い詰められた厳しい世界で、唯一の獲物である熊。
これがヒエラルキーの頂点に掲げられて、人々の生活は繋がれてゆく。。。。
そして、山への、自然への畏敬の念が、狩猟の安全を祈るためのマタギ神社として鎮座します。
極限まで精神を研ぎ澄まし、狩猟する二人のマタギを左右に配置し、手にはそれぞれ熊槍と銃を。
左側は、先代のシカリの父。頭には弁柄色の編笠。
右側はシカリを継承した息子が、熊槍を構えます。
ある日、みんなで狩猟に出かけた冬の日、父は普段被っていた藁の編笠を風で飛ばされてしまいます。
それを見かねた息子が、自分だけが被っていた弁柄色で染めた編笠を父に貸してあげます。
この弁柄色の編笠がきっかけで、父は命を落としてしまいます。
後にシカリを継承した息子は熊槍で熊を仕留め、マタギとしての大成功を収めます。
熊の口からは紅い舌が這い出し、熊の絶命を確認します。
この父の最後の姿と子のシカリとして奮闘する様子を、同時に対比させて描きました。
物語の中で象徴される父の弁柄色の編笠、絶命した熊の口から這い出した紅い舌、これだけをモノクロームの世界のなかで唯一、紅で描きました。
モノクロームだけでは、寂しすぎます。
このような観念的な風景だけ描きすぎては、ちょっとアレだな、、、、と思い(笑)
装飾的な要素を盛り込んだ絵にしたいと思っていました。
長く厳しい冬が終われば、森吉山や阿仁は自然豊かな四季の彩りで溢れます。
絶望的で観念的な要素を払拭し、和らげるために救いも必要だと思い、森吉山の季節の移り変わりの風景を周囲に盛り込んでみました。
そこには、初夏のブナの瑞々しさ。
森吉山にしか確認されていないキツツキ「クマゲラ」の営み。
紅葉樹の色彩の美しさ。
きのこノコノコ。
仏の座、水芭蕉、踊り狂う鮎は、水の豊かさを。
ばっけ(ふきのとう)やワラビで、待ち遠しい春の訪れに歓喜。
森に住まう小動物。
カモシカの憂い。
そして、かつて狩猟でも活躍した森の王者クマタカを、この世界を俯瞰する存在として描いています。
キャンバスの四隅は、私の中での土着した色の象徴である、小豆っぽいえんじ色。
幼稚園の時の運動服の色に、こんな色の部分があって「うわ〜なんだこの色〜」という気持ちが踊らない土着的な心象風景の象徴として、わざとこの色を着色しました。
よし!
これで、この絵に対する思いがほぼ昇華されました。
ここまで長々と読んでいただいた方、ありがとうございます。
失礼いたしました。m(o・ω・o)m
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【KSAC アートと文学の杜展】
会期:2024年9月15日(日)~10月13日(日)
休館日:9.17(火)、24(火)、30(月)、10.7(月)
開館時間:10:00~17:00
会場:秋保の杜 佐々木美術館
人形館2F 企画展示室
〒982-0242
仙台市太白区秋保町境野字中原128-9
022-797-9520
https://akiunomori.jp/
入館料
一般 ¥800
学生 ¥400
中学生以下 無料
☆仙台駅から車で約40分くらいの場所にあります。
他に、同時展示の企画展も複数あり、緑の中のたっぷりな趣あるギャラリーです。
これから紅葉がいい季節。(*^^*)
どうぞ観光がてらにお立ち寄りください。


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そして〜 メイキング画像です。







