うちはまだ豆がないので、以前の画像を探してみたらありました。
しぇる鬼さんです。
弱いわよ2009年11月に手術入院した母、「年を越すんちゃう?」と言う父に、
「年内に帰るわ!」と言っていました。
その翌々年、2010年2月3日、節分の日に一時帰宅しました。
介助や介護、看護が必要になる可能性は誰にでもあります。
年齢や職業や学歴も関係ありません。
その時、要員が一人でも多ければ多いほどいいのですが、
概ね、要介護3までなら三人いれば余裕をもってできるかと思います。
一人が休憩、二人が当番なら見守り頼んで用事もできますからね。
一対一、老対老でも不可能ではありません。
母の一時帰宅は、自宅のどこにどんな補助があればいいかの確認よりは
近くに住む長男夫婦を説得できないか?と、病院関係者が集ったのでした。
父自身も年齢や持病があります。
世代的にも手伝いが十分できるとは言えません。
自身は一人分の要員として捉えていて、排泄介助が必要なら自分がする!と、
そう言ってましたけどね。
私はいろんなことに苛立ってました。
書くと長くなるので飛ばしますが、兄や姉との不仲はいいとして、
父に苛立つのは嫌でした。
どうして我慢できないわけとか、そんなことは駄目だとか、
それは身内他人、時には通りすがりの人間までもがいろんなことを言ってきます。
自身が経験者の人は言いません。綺麗事じゃないことを知っているからでしょう。
この時も、私は長男夫婦と不仲でしたので、通常の相談員と療法士だけでなく、
看護師長と各サービスの事業所がそろったんです。
「おなかすいた」と言うので、用意してあったリハビリ食を温めて、
食事の見守りは事業所の人がしてくれてね。
おいしくはないと思うレトルトを、「おいしい」って食べていました。
私の節分はこんなことを思い出す日です。
