岐阜県高山市日枝神社
岐阜県高山市城山に鎮座している。
春の高山祭りは、この日枝神社様の祭礼
春の高山祭りは、この日枝神社様の祭礼
主祭神 おおやまくいのかみ

一ノ鳥居

二ノ鳥居
なぜ朱いのかはわかりませんが、こちら登るとお稲荷様にも行けます。
その関係なのかな🤔

一ノ鳥居から続く参道


狛犬様


樹齢1000年を越える大杉

一ノ鳥居から続く参道


狛犬様


樹齢1000年を越える大杉
凄く大きいです♪

手水舎

本殿
そして左に目を向けると、


筆塚がありました😆
その更に左に、
菅原道真公のお社がありました。



あろうことか、丑様に気を取られ、お社写し忘れました😣

お稲荷様がいらっしゃいました😆


お狐様
本殿右にもお社がありましたが、行けませんでした。

手水舎

本殿
そして左に目を向けると、


筆塚がありました😆
その更に左に、
菅原道真公のお社がありました。



あろうことか、丑様に気を取られ、お社写し忘れました😣

お稲荷様がいらっしゃいました😆


お狐様
本殿右にもお社がありましたが、行けませんでした。
残念です💦
社格は縣社
社格は縣社
由緒
遠く永治元年(1141)、時の飛騨守時輔朝臣が、ある日片野山中で狩りに出て、奇瑞のことがあったので、その城をかまえていた石光山(今の高山市片野地内)に近江の日吉大神を勧請して、城の鎮護としたのがはじまりである。
その後、四代目景家の時、養和元年(1181)正月、源義仲の部将手塚光盛に攻められ、利あらずして敗亡、社殿も兵火にかかって消失したが、幸いにして御霊体は災禍をまぬがれ無事奉安することができ、里人によって社殿は再興され、片野村の産土神として奉祀されていた。(今、この地を「元山王」とよんでいる。)幾多の年月を経て天正13年(1585)、金森長近父子が豊臣秀吉の命によって飛騨へ入国、諸将を平らげて国内を統一し、国守に封ぜられて、同14年、城を天神山(今の城山)に築いた。金森氏の祖は近江国で、代々日枝大神の崇敬が厚かったことなどから、慶長10年(1605)、片野より現在の地へ奉遷して城の鎮護神とし、社地と社殿を寄進造営、社僧松樹院を置いて片野、高山南半分の産土神に定められた。
かくして金森氏歴代100余年間、城主の崇敬あつく度々の社殿の改築修造が行われてきた。今に残る社殿の棟木、神輿等に見る国守の紋所梅鉢はじめ金森長近公愛用の陣羽織及び刀等にもそれを伺うことができる。元禄5年(1692)、城主移封となり、徳川幕府の直轄となってからも、歴代の代官・郡代の尊崇あつく、度々社殿の修築、参詣があった。
御朱印
良いお詣りでした😆



