私は
見捨てられたくない不安と傷つくことに敏感で他者を回避したい気持ちが交錯する
愛着スタイルを持っているようです。
家族は
安心を求める対象であると同時に自分を否定される脅威の対象でもあったんです。
そのため
自分の存在を認めてもらいたいと思いながら
実は傷つくのが怖くて存在を消そうとする。
自分のことをわかってもらいたいと思いながら
実は傷つくのが怖くて相手に決断を委ねる。
そういうことをやってきたことがわかりました。
たしかにね
人と仲良くはなるんですが、距離がどんどん近くなると苦しくなるんです。
相手の行動に対してどうせ私なんて…と思ってしまう。
だから自分が傷つく前に相手を避けたくなってしまう。
相手からしたら、なんかした私?って感じですよね。
なんとなく気まずくなっていく。
このパターンを繰り返してきました。
いわゆる
恐れ・回避型の愛着スタイル。
ものすごく生きづらい。
ブレーキとアクセル一緒に踏んでるようなもんだから。
愛されたいと強く願う反面
愛されることに強く恐怖を感じていたんです。
でもね
ここを緩めることができるようになりました。
例えば
もっと人を信用して安心できる関係を作るといい。
もっと周りに助けを求めたり手伝ってもらうといい。
で済む人はそれでOK。
ブレーキを緩めるってことですね。
でも
私の場合はそもそもそれをするのにものすごい抵抗がでる。
何故なら
頭ではわかっててそうしようと思っても体が拒否反応を示すんです。
記憶はその出来事にあるのではなくて、
出来事に対する反応として感情で残ったり、身体に残るらしい。
つらすぎた感情に蓋をしてると記憶にも蓋をしてることになって過去の記憶がないということになるそうです。
だから
思考は変えることができても記憶と身体は何も変わってないんです。
このパターンから抜け出すには
この感情の記憶を呼び起こし昇華させ
身体に染み付いたトラウマを解放する必要があるんです。
一番大事なのは感情を感じること。
でも私は
感情を感じることが死に直結すると思ってるため
感じないように長年麻痺させてますからね。
なかなか難しい。
まずは
不快な記憶を思い出し怒りを感じてみる。
怒りを出し切るとその下の感情が見つかることがあります。
もういいよ…疲れたな…ってくらい怒りをだした後
自分に声をかけてみてるといいです。
どうしてほしかったの?
どんな気もちだったの?
気もちがわからなときは順番に聴いてみるといい。
そっか、悲しかったんだね。
そっか、悔しかったんだね。
そっか、怖かったんだね。
そっか、寂しかったんだね。
身体が反応する言葉があるはずです。
何度も何度も自分に声をかける。
感情はしっかり感じると昇華させることができます。
それを続けていくと
感情と結びついていた記憶の認知が変わっていくんですね。
物事を客観的に見れるようになる。
恐れ・回避型の人は
傷つきやすく被害者意識が強いのですが
その見方が変わってくるんです。
そうすると
この世に安全なことはない。
から少しずつ自分の安心できる領域が広がっていきます。
私もおかげさまで
かなり安全域が広がりましたので
びっくりするくらい
嫌われたらどうしようっていう不安がめちゃくちゃ減りました。
嫌いな人にまで嫌われたくなかったのに笑。
変わるもんですね。


