こんにちはニコニコ。

 
 
 
 
くのあきこです。
 
 
 
 
母親がクリスマスプレゼントとして
妹に内緒でシルバニアハウスを買っていたのに
それを知らずに
要らないと言った妹
 
 
 
それに
狼狽えていた私の話の続きです。
 
 
 
 
妹が喜ぶだろうと買ったシルバニアハウスを
母親があげても妹は喜ばない。
 
 
 
 
母親が傷ついてしまう。。
 
 
 
 
これがすごく嫌だったんです。
 
 
 
 
嘘でもいいから喜んでほしい。
 
 
 
 
そう願っていました。
 
 
 
 
でも
 
 
 
そもそも
母親が傷つくってそれホントなのか?ってとこですよね。
 
 
 
 
あー、飽きちゃったんだねー。
 
 
 
 
ってサラッと終わる可能性だってある。
 
 
 
 
それなのにどうして
傷つくと思って不安になったのか?
 
 
 
 
私の中では
 
 
 
 
自分のためにしてくれたことは
自分の本意でなくても受け取るべき
 
 
 
という思い癖があるんです。
 
 
 
 
これは
母親にずっと
お前たちのためにしてやってるんだから
ちゃんと受け取れ。
 
 
 
 
そうでないとお母さんたちの努力や我慢はなんだったのか、意味がなくなる。
 
 
 
 
と言われてきたからかなーと思います。
 
 
 
 
だから
 
 
 
 
受け取らないと相手を否定してしまう。
 
 
 
 
受け取ってもらえない母親は存在を否定されてしまってかわいそう。
 
 
 
 
そう見えたんです。
 
 
 
 
 
でも実際には
 
 
 
 
相手が何を与えようと相手の自由だし
受け取るか受け取らないかも自由ですよね。
 
 
 
 
しかも
部外者の私がとやかく言うことではない。
 
 
 
 
では
受け取らないとどうなるか?
 
 
 
 
そこが
嫌われる、独りぼっちになる、見捨てらる。
 
 
 
 
そう紐付いてしまってるんです。
 
 
 
 
相手の好意を受け取らないと見捨てられる。
 
 
 
 
でも
この見捨てられる部分を見たくなくて
相手を否定してしまうという罪悪感でごまかしていたんだと思います。
 
 
 
 
実際は
受け取らなくても見捨てられないし
たとえ嫌われたとしても独りぼっちになることはないんですよね。
 
 
 
 
そう認知が変わると
 
 
 
 
受け取るかどうかは
相手も自分も自由なんだと理解できるようになります。
 
 
 

ここ、
なかなかのブロックのようで
しつこいんですけどね。
 
 


でも少しずつ緩むことで
以前よりはノーサンキューが言えるようになりました。