私のメンターが、

「食べたいものを制限する必要はない」

とおっしゃっていました。


私が救われた、愛いっぱいの言葉。



食べたいものを食べるという事は、

自分を許す事で、

それは自分への愛なんだなぁ。



子供のころから「愛される」という感覚が

分からずに来た私は、

もちろん自分自身を愛す、という感覚も分からず、


自分を責めて責めて責めてきたのです、

自分でも気付かないうちに。


小学生の頃すでに、

私はこの家にいない方が家族みんながが幸せだ、

とか

私の存在価値ってなんだろう、


とか真剣に考えていましたからあせる



私は、そんな思考で生きる事が普通でした。


「愛」のある世界なんて、

どんなものか全く分からなかったし、

分かる、分からない以前に、

自分の中にそんな世界が無いから、

そんな事考えたり感じたりする機会もない。



そうして、自分を攻めまくる事で、

過食症を発症したんだと思う、

自己分析ですが。



過食症を発症しても、

過食嘔吐なんてみっともない事、最低!

と、ますます自分を責めて、


「自分は過食症」という現実から

目をそらし続けた結果、

10年以上も過食症だったのですね。



2009年に私のスピリチュアルの扉が開いて、



この世には「愛」というものがある、

という事がまず頭で分かり始めて、

それがだんだんと体、心、魂にまで浸透してきたら、



つまり、自分の中にある「愛」に気づき始めたら、


過食症はだんだん減ってきて、

今では「たくさん食べて吐きだしたい」、



という感覚はすっかりなくなってしまいました。

過食症は、「たくさん欲しい」

というエネルギーが起こすものなんだと

体験として感じます。



たくさん欲しいものは、愛。

でも、与えられないから、

その代替としての、食物。



でも、現実として食物を物理的に摂り込んだら、

後からやってくるのは罪悪感と自責。


その感情から逃れたくて、吐く。


そのループだったと思います。



様は、愛が枯渇しすぎている状態。


だから、「愛」にきづき、

「愛」を自分に取り入れる事で、

過食症は治していけると、

実体験を通して確信しています。



好きなものを食べていい、

もし、過食嘔吐したくなったらしてもいい、

まだ完治してないんだから仕方ないよね、

ゆっくり直そうね、と自分に言ってあげる、



そんな食生活を送りながら、

自分をいたわってあげる

(=自分に愛を与えてあげる)



事で、もう愛の代替の食物を

欲しなくなる。。



これはあくまで私の体験ですが、

少なくとも自分に愛を与えて

悪い事は起こらないと思います。



過食症だった私は、

ではお肉が欲しくなくなり、

野菜や玄米がとてもおいしく感じて、

玄米菜食になりつつあります。



自然に、そうなってきたから、

自分でも驚きです。


たまにスナック菓子やチョコレートや
菓子パンが食べたくなる事もあります。

そんな時は、そう感じる自分を責めずに、

食べる事にしています。

少し食べたら、もう要らなくなりますが。



玄米菜食、でもお菓子も食べる、

そんな自分でいいじゃない、

と、自分に言ってあげます。


許されると、体は安心して、

食の暴走をしなくてもいいんだーと

思うのかもにひひ




自分を許す事=自分に愛を与える事。



過食症で苦しまれている方は、


もうこれ以上 自分を責めないで、

ただ、自分を愛してあげてほしいです。。。