義母に甘えていたのかもしれない | オトナ女子のための幸せ力開花メソッド【横浜】

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強み発掘カウンセラー
くわのあきこ のブログ

義母が倒れたと連絡を受けて

福岡に帰って来ました。

今は意識がなく

この週末が山という状況です。




じつは色々あって9年ほど前から

私は義母を避けてきました。





私は例え家族でも

合わないなら離れていい

と思っています。




頑張っても仲良くなれないのなら

「酷い嫁」だと思われてもいいや

って思ったのです。


まぁ、実際酷い嫁ですしね。




でもね、今回、もう義母と

会えなくなるのかもしれない

という状況になって



ふと、

私、義母に甘えていたのかもしれない

という思いが湧いてきました。




私の実の母は

20年前に亡くなっているのですが、

生きていた頃は

かなり束縛されてきました。




実家にいた頃は

社会人なのに門限7時と言われたり

日曜日しか休みがないのに

デートにいくと怒られたり


仲間と遊びに行くだけでも

その中に男性がいるだけで

あばずれと言われたり




まぁ、それでも

その束縛を逃れてきましたが、

ちゃんと母を拒否するという

意思表示をできていませんでした。





私ね、反抗期って

大人になるための通過儀礼だと

思っています。



【私は私、あなたはあなた】

と人と線引きできるかどうかって

自分の母親に線引きできたかどうか

なんじゃないかな。




私は実母にそれが

できていなかったのですが

もしかすると無意識に義母に

やらせてもらっていたのかも?



ふと、そう思ったんです。




義母が元気なときは

全く気づかなかったのに、


こんな事態になった途端

こんな気持ちになるなんて

人って本当に普通のときには

気づかないものなんですね。




義母にとっては迷惑な話でしか

なかったと思いますが、

ある意味、それを受け入れて(?)

放っておいてくれたことに感謝が湧いてきます。




私の実母だったら

横浜まで押しかけてきてたんじゃないかな(^◇^;)




お義母さん、本当にありがとう。





今日も義母に会いに行ってきます。





(奇しくも宿泊先は結婚前の職場の目と鼻の先😳)

※写真の建物ではありません





くわのあきこ